- 未来教育リポート
- 2015.05.19
すべての子どもたちに学習機会を| Learning For All 代表理事 李 炯植氏 / 事務局長 上野 聡太氏 (未来教育シンポジウム2015個別セッションリポート①)
「すべての子どもたちに学習機会を」をテーマとしたLearning for All (LFA) のセッションは、十数名の参加者とともにアットホームな雰囲気で開催されました。
このセッションのゴールは、「個人として、あるいは自身の所属する組織として、教育機会に関して困難を抱えた子ども達の現状に対して、どのようなことを行っていきたいか?」という問いに思いを巡らせること。
参加者は、第二部のLFA代表理事 李炯植(りひょんしぎ)氏によるプレゼンテーション「格差をなくす」―ドロップアウトをつくらない教育の実現―を踏まえ、事務局長の上野聡太氏による2015年度行動計画のプレゼンテーション。また、参加者とのQ&Aセッションを通じて、それぞれが行っていきたいアクションを発表しました。
<上野氏によるプレゼンテーション>
LFAは「私たちは、生まれた地域や家庭環境に関わらず、すべての子どもが自分の可能性を信じ、それぞれのやりがいを持って生きられる社会の実現を目指します。」というビジョンを掲げています。
このビジョンを事業計画に落とし込み、2025年までに5万人の子どもたちに質の高い学習機会を届けるという具体的な目標を設定しています。現在、就学援助(※1)を受けている子どもは小中学校合わせて約150万人(小学生:100万人、中学生:50万人)いると言われています。
LFAはこれから10年をかけ、そのうちの1割に相当する5万人に、その後の人生が変わるような学習機会を提供していきたいと考えています。
そのために、今後数年では、大きく4つのアクションを進める予定です。
1つ目は、学習支援の直営拠点事業。これは、LFAが運営の直接的な責任者となって教室を作っていく事業です。LFAはこれまで、この事業を約5年に渡って実施してきました。
今後は、この直営拠点を広げていくことはもちろんのこと、教室での指導の質の向上も計画しています。
また質の向上の一環として、私たちの教室で起きたこどもの変化についても、より精緻に測定できることを考えています。
2つ目は、ノウハウ展開。直営拠点事業で培った、子ども達が変わる教室づくりのノウハウをマニュアル/誰でも化し、他のNPOや自治体、学校現場で活用いただけるように展開していく事業です。
「10年後に5万人」という目標を、直営拠点の展開だけで実現することは難しいと考えているため、このような事業を計画しています。
日本中には、NPOや法人格を持たない市民組織はじめ、自治体が直接するようなものもふくめ、たくさんの学習支援の取り組みが行われています。
しかし、どの教室でも子ども達に対して変化/成長を届けることができているかというと必ずしもそうではなく、試行錯誤しているのが現状のようです。
私たちLFAの教室が完成している、という訳ではありませんが、これまで5年に渡って改善し続けてきた私たちの視点は、多くの教室現場で活用していただけるものではないかと考えています。実際、いくつかの学習支援組織から私たちのノウハウを活用したいというお声がけなどをいただいています。
3つ目は、フリースクールの設立です。直営拠点を通じて子ども達に学習支援を行っていますが、本当に子ども目線に立った時、勉強のお手伝いだけでは十分ではないなと感じています。
子ども達の健全な発達を支え、促したいと考えた時、週に1〜2回、1回3〜4時間だけでそれを実現するのは難しい(※2)。LFAが子どもの全てを支えられるとは考えていませんが、もう少し寄り添える部分はあるのでなないかと今は考えています。
子ども達が十分に安心するためには今より長い時間一緒にいられる場所が必要ですし、発達という点でも、学力面だけでなく情緒面、社会性やコミュニケーション能力等も含め育むことができる環境を実現することが重要だと考えています。
このような背景から、現在の学習支援に特化した直営拠点を機能拡充させることを考えており、そのゴールとして、いわゆるフリースクールのような場所を作りたいと考えています。
機能拡充という意味では、遊びや居場所、ある程度の食事の提供のようなものを想定しています。また子どもが来ることができる時間も、平日の夜間や土日の日中だけではなく、平日月曜日から金曜日の日中にも広げていきたいと考えています。
このような教室の進化を通じて、約2年後には、ほぼフリースクールのようなもの、というところまで辿りつけたらと計画しています。
そして、4つ目は、新しい指導・支援システムの開発です。今現在、LFAの教室に来る子ども達に対する適切な指導・支援のシステムは日本にありません。そのため、これまでのLFAは教室で独自に指導のカリキュラムや教材、どのように子ども達に向き合うべきかの方法論を練り上げてきました。
しかし、それは現場の労力をものすごく浪費するだけはなく、やはりどこまでがんばっても素人の考えることには品質の天井があります。このような状況に陥っているのは、LFAだけに限りません。多くの学習支援の現場で共通の課題となっています。
だからそれを解決したい。子ども達にとって、適切な指導・支援を実現するための新しいシステムを作りたいと思っています。
主な子ども層のイメージは、特別なニーズを持った子ども。例えば、読む聞く書く話すのどこかに強いこだわりや苦手を抱えていたり、IQのレベルが「境界領域」(IQ 70〜85位)水準の子どものことです。
彼らの多くは通常学級の勉強の教え方にはマッチせず、勉強を理解することが難しいのです。このような子どもは約100〜200万人と大勢いると言われているので、現状のようにいつまでも、先生が1対1や1対3で個別のオーダーメイドで対応し続ける、対応し切ることは非常に難しいのです。
だからこそ、このような子ども達に適した教材、カリキュラム、接し方も含めたスタンダードな教え方をシステム化し展開したいと思っています。このシステム開発は、教育系やIT系の企業等と一緒に進めていくことができるのではないかと考えており、これから具体的な話を始めようとしています。
以上が教育の現場を変えるための4つのアクションですが、同時に、これらを支える事務局機能もしっかりと確立していかなければならないと思っています。
2015年4月に、LFAはTeach For Japanから独立し、新しいNPO法人として船出します。ので、資金調達、財務管理、人材採用、組織広報などなど、組織基盤整備もより重点的に取り組んで行く計画です。
※1)就学援助(しゅうがくえんじょ)とは、経済的理由により就学が困難であると認められる学齢児童生徒の保護者及び特別支援学校(盲学校・聾学校・養護学校)の児童生徒の保護者に対し、国及び地方公共団体が就学に要する諸経費を援助すること
※2)LFAの現在のプログラムは、毎週土曜日に3〜4時間の指導を約3ヶ月(全10回程度の指導)に渡っておこなうプログラムが基本設計になっている
<Q&Aセッション>
続いて、参加者とのQ&Aセッションが開催され、様々な質問やコメントが寄せられました。ここでは一部をご紹介します。
Q.子ども達はどのような経緯で直営拠点に来るようになりますか?
A.2つのパターンがあります。これは学習支援拠点の設置のされ方のパターンによります。
1つは、自治体/学校と連携して、学校内に拠点を設置するパターン。このパターンの場合、その学校内、もしくは同区の周辺の学校から子どもを集めることになります。子ども集めは自治体、学校、LFAが連携をして、子ども達にチラシを配ったり、先生から声をかけていただくなどして、子ども達の参加を募ります。
もう1つは、地域のケースワーカー(※3)と連携して、生活保護世帯の子どもを集め、実施するプログラムです。ケースワーカーが日々家庭を回る中で、学習機会を必要としている子どもにチラシを渡したり、声掛けをして子ども達の参加を募ります。
※3)各自治体の福祉事務所に所属し、病人や身体障害者を抱えている家族、1人暮らしの高齢者、生活保護を受けている人など、さまざまな困難に直面して生活に困っている人々の相談に乗り、救済措置を採ることを主たる仕事とする職業。
Q.教師になる人が大学生に限られているのはなぜですか?社会人では難しいのでしょうか?
A.基本的なスタンスとしては、大学生に限っている訳ではありません。実際に、これまで2名の社会人の方が教師を務めました。ですが、私たちのプログラムで求める指導の質を実現するための準備は、平日フルタイムでお仕事をされている社会人の方では非常に難しいと考えているため、積極的に広報をしていません。
このようになってしまった背景としては、私たちの事業は大学生向けとして始まり、その前提でプログラムを改善してきたため、大学生に最適化「しすぎている」面があります。そのため、違う属性の方が参加することが難しくなっているという実情があるとも思っています。
例えば、学習支援自体は土曜日に行っていますが、それに向けて、平日に最低10時間位準備してもらっています。また、土日を終日使用した45時間の研修もあります。このようなことから、現在のやり方だと平日忙しい社会人には難しいと考えています。LFAとしては、これからも教師を大学生に絞りたいわけではなく、社会人や高校生にも広げていきたいと思っています。しかし、それには今のプログラムの仕組みの変更を伴うので、すぐにはできませんし、簡単なことではないとも考えています。
Q.学校の中で支援を行う場合、学校サイドと衝突してしまう、といったことはありますか?
A.学校内でプログラムを行う場合、教育委員会のニーズで学校に導入することが多いのですが、学校によっては厄介者扱いされたりするケースもあります。
というのも、学校現場の先生方は毎日大変忙しい状況にあり。そこに外部から新しいプログラムが加わると、それは当たり前に先生方の仕事を増やすことになります。例えば、土曜日に学校を開ける、子どもに連絡する、プログラムに関係する事前/事後テストを受けさせる、導入前のミーティングに参加する、教育委員会に報告する、といった業務が発生します。私が先生でも、きっと素直に受け入れることは難しいと思います。
ただし、子ども達が変わる様子や子どもと向き合う大学生の様子を見ていくうちに、関係性が変わっていくことももちろんあります。具体的な成果が出ると、私たちの応援者になってくださることもある。実際、土曜日に足繁く教室に通い、LFAの先生とコミュニケーションし、アドバイスをくれる先生などもいます。
私たちもこのような文脈/変化を理解しているので、学校や先生方としっかりと共有ビジョンを描き、連携していくことを目指しています。
Q.個人や企業として、LFAとはどのような関わり方の形がありますか?
A.大学生の方は、プログラムに参加して直営拠点でぜひ教師を務めていただきたいです。それが難しければ、団体のFacebookページに「いいね!」を押す、友達に告知する、といったライトなアクションでもとても嬉しいです。
社会人の方はぜひプロボノとして参画、支援いただけると嬉しいです。私たちは限りある人数で組織運営をしていますし、いわゆるビジネススキルが高いわけではないので、様々なプロフェッショナルの方の支援は大変力になります。
また現金ですが、賛助会員になっていただけるととっても嬉しいです。笑
最後に、「個人として、あるいは自身の所属する組織として、教育機会に関して困難を抱えた子ども達の現状に対して、どのようなことを行っていきたいか?」という問いのもと、参加者一人一人が紙に書いたアクションを発表し、セッションは終了しました。参加者からは次のような声がありました。
・まずは、学習支援プログラムの説明会に参加したいと思います。また、このように、一瞬目を背けたくなるような問題にもきちんと目を向けたいと思いました。それに加え、周りにいる人一人ひとりを大切にする、今ある環境に感謝する、といったことも意識したいと思います。(学生)
・アクションとしては3つあります。1つは、プログラムを経験した学生をぜひ当社で採用したいと思います。プログラムを通じて、相当鍛えられるだろうなと思いました。2つ目は、今後伸びてほしい社員をプロボノとしてLFAに送り出したいと思います。そして3つ目としては、賛助会員になりたいと思います。(社会人)
・こういった団体があるということを今日初めて知り、勉強になりました。今後は、子どもたちの幸せにつながる活動を自分で見つけ、参加していきたいなと思います。LFAのFacebookページに「いいね!」を押して、社会人でも参加できるような活動があれば積極的に参加したいと思います。また、会社で若い人を指導するときには、もっと相手の立場に立った指導をしていきたいなと感じました。(社会人)
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