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  • 実行委員会の活動
  • 2018.10.04

「人一生の育ち」を考える ’教育×経済’ 対話 第九回「教育格差を考える」

特定非営利活動法人Learning for All 代表理事 李炯植氏

第9回のテーマは「教育格差を考える」。子供の貧困を解決することを目的とする、特定非営利活動法人Learning for All 代表理事の李炯植氏のお話を伺った。李氏は貧困家庭の多い地域で育ちながら大学院で教育哲学を専攻し、育ってきた環境と学びのギャップから今の仕事をパーソナルミッションとしてきた。2010年から8年間活動を続けており、年間1,000人の学習指導を通じ教育格差を解決したいと考えている。教育格差と、それ以前に貧困の課題が山積している実態についてお話いただいた。

日本の教育格差の現状とLearning for Allの取り組み

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李氏が代表を務める特定非営利活動法人Learning for Allでは、主に2つの事業を行なっている。1つ目は、家庭的困難で勉強が満足にできない子供たち、様々な事情により低学力のままの子供たちに対し学習支援を行うという事業。もう1つは子どもの家事業。小学校1-3年の子どもたちを対象に、学童の活動を行なっている。まずは日本の教育格差の現状を示す4つのデータを見ていく。

 

「まずは子どもの貧困、教育格差。現在7人に1人の子供が相対的貧困と言われています。1人親世帯の50パーセントが貧困と言われているんです。貧困とは相対的貧困率と言われるもので、世帯年収の平均の半分以下で暮らす子供たちのこと。先進国の中でも平均が非常に高いと言われているのが日本の現状です。2つ目は、子供たちが生まれる世帯の年収、経済力と学力が相関してしまっているということ。3つ目は、低所得の家庭に生まれれば生まれるほど学力形成が遅れるという実態。その結果最終学歴も就職後の年収も下がり、貧困が連鎖してしまうという状況があります。4つ目は、貧困を放置するとどれほどの社会的損失になるかという話。経済損失の観点でいうと、1学年の貧困を放置するごとに累計2.9兆の損失があるというデータが出ています。国の社会保障費が上がり、国の収入が減っていくためです。貧困の子どもたちはたくさんいますが、この子たちがしっかり自立することが社会の利益にも繋がる、そういった観点からも、子供の貧困は社会的課題だと考えています。」

 

これらに対し、特定非営利活動法人Learning for Allではどのような対策を講じているのだろうか。

 

「まず学習支援事業は、学校の内外に拠点を設けて、そこに貧困の子どもたちを呼んでいます。そこに私たちが大学生のボランティアを採用し、50時間の研修を提供した上で、子供たちに質の高い教育を施すことができるようにしています。子どもたちが学力を身につけ、高校進学、あるいは自立をしていけることを目指しています。

 

子どもの家事業というのは、日本財団と協働で始めた事業です。日本財団は全国で100拠点作ることを目指していて、その全国第1号を我々が埼玉県戸田市で運営しています。3つの事業テーマを掲げています。1つ目は、生きる力の伝達。勉強もそうですが、それ以外にも例えば生活習慣、お金の使い方など、子どもたちの自立のために必要な力を育てることが目標となっています。2つ目、地域チーム体制の構築は、地域全体、我々NPOと行政と学校と地域で連携して子供を育てるということ。3つ目の施策の検証は、学童でサポートした小学校1ー3年の子供達を対象に、その後20年間程度本当に自立しているのかを追いかけて、意味あるサポートにするための効果検証を行おうとしています。」

 

オープンして1年間が経過したという埼玉県戸田市の子どもの家事業。現在13人の子どもが利用しているというが、普通の学童とはいくつか異なる点があるという。

 

「基本的には14時くらいから始まり、外で遊んだり自由に学習や読書をしますが、普通の学童と違うのはご飯を出すところです。21時まで預かる予定なので、シングルマザーでもしっかり働きながら稼ぐことができます。子供たちの募集方法もユニークです。学校や行政と連携し、本当にしんどい状態の子たちにこちらからアウトリーチして呼んでいるんです。戸田市と協定を結び、エリアに住むすべての貧困世帯データをもらい、そこに我々は個別訪問をしたりします。あるいは学校と連携してアプローチして、呼んでいるんです。発達の凹凸がある子ばかりなので、喧嘩も絶えないですし、もはや社会的養護の場所になりつつあるというのが実態です。」

勉強以前の課題が山積み

今回のテーマは教育格差を考えることだ。だが、李氏がこれまで関わってきた学生の話を聞くと、学力以前に抱えている問題があまりに多いことに驚く。

 

「まずは中学3年生で中学1年生の学習内容ができないJさんの例をご紹介します。Jさんは生活保護世帯に暮らす男の子でした。かなり多動傾向があって、集中力がすぐ切れて机に突っ伏し、一瞬にしてキレるところがあったので、屈強な男子ボランティアでないと対応できませんでした。家庭環境は生活保護世帯で、お兄さんも学習障害を持っていて働くのが難しい状況だったので「ぼくが一家の大黒柱になる」と言っていました。でも学力が低すぎて結局名前書いたら受かるような定時制高校に行くしかなかったですね。

 

Rさんは中1で出会った女の子で、中1で苗字が4回変わったという子でした。家に帰ったら小さい弟の面倒をみなければならず、子守をして23時くらいになって、疲れて寝てしまう。学校にはきますが、分数もわからずアルファベットが書けない状態のため勉強は一切わからず、クラスにいても何もすることがない状態でした。学校では周りからも「学校一バカな子」と呼ばれてしまい、自己肯定感も全くない状態。結局中3まで学力向上が難しく、高校もかなり底辺の学校に行くことになりました。

 

ポイントは中1と中3で学力が一緒のレイヤーだということ、それが我々の活動している世界なんです。学校というところでは学力保証というのはなかなか難しいのだろうなと日々感じています。」

 

学力の面だけを切り取ると、中学生のJさんやRさんはイメージしやすい。だがその背景には、より幼少期の時期の育ち方が影響している可能性が高い、と李氏は語る。

 

「3人目のMさんは、子どもの家に来ている小3の女の子。お父さんが月1でしか帰ってこず、5万だった生活費も3万円に減って、お母さんは夜の仕事を始めざるを得ない状況です。母親も知的障害があり、漢字が読めないので、メールはぜんぶひらがな。お母さんもMさんもあまりお風呂に入る習慣がないので、服を変えず、歯磨きもできないんですね。Mさんは発達障害クラスにいて癇癪を起こすことも多いんです。でも一方で優しさがあって、最近は周りに気遣いしてなにか持ってきてくれたりするようになったりと、彼女なりの成長を日々遂げて入るところですね。ただ学力は小1のままです。

 

こういうことに対して、学校がどうにかしようとしても、実際は難しいんですね。勉強については個別プリントを用意したりと対応してはいますが、Mさん1人にかかりきりにはなれないため、フォローアップが足りない状態です。勉強以前に生活環境を整えてあげるところからやらないといけない。貧困支援というのは、親含めた生活支援をしなければならないんです。でも学校はそこまでなかなかできませんし、行政は虐待や、著しい問題があるときでないと介入していくことは難しい。ですので我々のような民間の方からあらゆる面からサポートしていく必要があると感じています。」

 

子どもたちの発達については、大元を辿ると母子の愛着形成から始まっているという説がある。李氏は、子どもと関わっているなかで、このことを実感することが多いという。

 

「0歳児の愛着形成が遅れている子どもが、子供の家にはたくさんいると感じます。子ども13人に対しスタッフが5人ほどで対応していますが、スタッフを独り占めしたがる子も多いんです。ちょっとスタッフの目が自分から離れると、いきなり問題行動を起こし始めたり。発達の理論で綺麗に説明することはできないんですが、子供たちは非常に複雑な状況に置かれているというのが僕らが見ているリアルです。」

 

勉強以前に、基礎的な生活能力から愛着形成、非認知能力に課題を抱えており、学力、認知能力を積み上げることが厳しい現状の子どもたち。それでも、こうした子どもたちに相対していく上で、李氏が持っている信念がある。

 

「私たちは「すべての子どもがよく生きたいと願っている」といつも信じています。その子達に適切な支援を提供できれば、どんな子どもでも必ず成長するのです。さっきのMちゃんも、何かを蹴ったりすることでしか感情を表せなかったのが、ことばで「こういう理由だからいやだ」と説明できるようになったりと成長しています。子供に不利を押し付ける社会は、変わらなければならない。我々が変わりながら子供を包摂する社会でありたいと感じています。」

 

最後に、Learning for Allとして目指すものを語っていただいた。

 

「1つ、ごく最近案として出ているのが、子ども支援の生態系モデルを確立するということ。勉強以前に生活支援、保護者支援などといろいろなことを包括的に支援できる場所を、学校や行政とも連携して、どこかのエリアに作りたい。0から18歳まで徹底的に支援ができれば、どんな状態にある子でも絶対に伸びる、ということを具現化したいです。我々もごく最近考えついたところですので、共感してくださる方は、ぜひ一緒に考えていただければと思います。」

Q&A

– 今日のテーマ「教育格差」について、格差ということ自体をどう捉えていらっしゃるのか、改めて教えていただきたいです。

 

李:いろんなところに”差”はあるものだと思いますが、許せる差とそうでない差があると思うんです。我々が対象にする許せない差というのは”剥奪”に近いと思っていて、人が幸せに生きる権利、尊厳が剥奪されているような差は是正すべきだと思います。何か奪われてはいけないものを奪われないようにするという話の定義を意識的にしないといけないと思うんです。それがあった上で、公教育はどうあるべきか、誰のための存在かを考えなくてはならないと感じています。

 

 

 

– 教育を変えなければというのは共通認識だと思いますが、教育に関わる組織やシステムを変えていくという観点が大事だと感じました。実際は非常に難易度が高いと思いますし、そう言う視点を持っている人も少ないかもと感じていますが、どうしたらよいと考えていますか。

 

李:直接的な答えではないかもしれませんが、僕個人に引きつけて考えてみると、僕は大学院で教育哲学を専攻していて、学びとは何か、教育における他者は、ということを考えていたんです。そうやってアカデミアで極めていくのは楽しかったですが、ふと現場に何をどうフィードバックしてるのだろうと思ったんですね。実際に現場に行くと、現場を変えるために理想100のうち10のレベルから始めなくてはならないなと知りました。アカデミアはアカデミアで、現場は現場、それぞれのフィールドで極めた上で、共同していかないとバラバラなまま何も作られないと感じますね。

 

 

– 教育現場にいると、もっと学校現場と社会とが関われるような仕組みづくりが必要だと強く感じます。例えば教員免許を持っていなくても、社会人経験を踏んだ人が一定期間学校に関わったら免許を取れるようにしたり、期間的にネックとなる教育実習の制度を変えたり。逆に教員も学校以外の現場を知る機会を作ったり。そういったことについて、何か視点をお持ちでしたら教えてください。

 

平川:2020年からの学習指導要領では、世の中の風を授業に取り入れるということも言っていますし、実現させていかないとだめだと思います。教員免許に関しては、私も持っていないので校長しかできないわけですが、卒業式の後なんかに担任の先生を見ていると担任の先生やってみたいなと思いますね。
李:私たちは現場に学生さんを300-400人くらい派遣しているので、そこから見える世界はあるかなと思っています。ボランティアさんは50時間研修をして現場に行っていただいているんですけど、研修の中で教師教育学の学問のフレームを使ってリフレクションをしたりするんですよね。学生なので、特に時間的にも気持ち的にもやりこむことができますし、個別指導なので、目の前の子どもの未来をつくるために我々は何ができるのか、考えて、真摯に取り組み続けてくれています。すると、プログラムで1対1の関係を深く学んだ人は、先生になってからも1対1の関係を30人で作るという意識になるれるので、将来学校で先生をしたいという人からは、教員養成課程よりもうちで学べることが多いと言ってくれる人もいます。ミクロな経験をやりこんだからこそ、集団授業で活きるということでしょうね。実際にうちの研修を新任研修にしたらいいと言ってくれている方もいますし、まずは先生のインターンシップに連携できるといいなと思っています。

 

– 李さんの子どもの家事業について、施策の検証に関心があるのですが、どういう観点で何を測っているのでしょうか。

 

李:測る指標は、いわゆる認知能力・非認知能力の学力や自己肯定感、コミュニケーション能力、生活習慣といった項目です。埼玉県戸田市の場合は埼玉県が一斉に調査していますので、その項目をうまく使って調査しています。経済属性が同じで、子どもの家にきた子とこなかった子を比較し追っていくと、きた子が20年後どういう風になっているかが統計上明らかになる、というリサーチデザインでやっています。基本は6歳から始めると26歳くらいまで追いかけるイメージですが、19歳以降をどう追いかけるのかについては検討中です。アメリカでは郵送という方法を使っているので、それを考えてはいます。まだ始めて1年で、日本では長期的なリサーチ結果がないので挑戦になりますね。

 

 

– 教員の教育についてお聞きしたいです。特にプログラミングや新しいことを学ぶ上でどんな学び方の事例があるのか、実際にやっていることがありましたらお伺いしたいです。

– 李さんのお話は、貧困家庭などハードなことをいろいろ抱えているが、子どものサポートの機会があればちゃんと成長できるというお話だったと思いますが、小学生にとってはどんなものがあると一番成長を達成できると思いますか。

 

李:社会で子どもを育てようという意識があることでしょうか。この意識を現代風に編み直す必要があると思っています。子どもたちの学びや育ちを支える人が増えることが大事だと思いますし、家庭だけでなく、社会、地域全体で頼り先が増やせるといいのかなと思います。

 

 

– 最後に、人一生の育ちについて、重要だと思うことは何でしょうか。

 

李:愛、でしょうかね。こういうと変に思われるかもしれませんが、自立したりするためにいろんな能力形成が必要といっても、人ってあんまり頑張れないじゃないですか。人間は弱い生き物だという前提で、できるできないに関わらず、支え合うコミュニティをどうやって作っていくのかを考えること。依存ではなくて、自分が外に出て頑張れるための安全基地をどれだけ持てるか、という観点が大事ではないかと思っています。

未来教育会議の所感

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「人一生の育ち」を深く考える上で、重要なテーマであり、現場での実践からのお話を聞かせて頂いたことに感謝したい。

 

まず、第一に言えることは、ここで語られていることは、日本全体として、そして誰1人として、目を背けることが出来ないテーマであることだ。

「尊厳が奪わることは許されない格差」というお話と、研究結果としての「格差は社会コストを増大させる」ということを同時に知る時、だれかの人権がないがしろにされるような社会は、必ず全員がツケを払うことになるという、当たり前のことに気づかされる。

 

社会格差と教育格差の連鎖の問題は、多くの要素が関連するため、簡単に解決が出来るシステムではないが、実践者の話には、本当に多くの洞察と智慧があり、ここで語られている内容はより多くの人に知って頂きたいと心から願う。

 

お話から浮かび上がってくることとして、出来るだけ多くの人に質の高い教育が受けられるように」という意図から、ある程度の質を担保し画一的に届ける形で行われてきた日本の教育が、これまでの時代では強みといえたかも知れないが、これからの時代において、不確実な未来を乗り越えていく観点からも、格差の負の連鎖から生まれるドロップアウトを防ぐという観点からも、弱みに転じるであろうと改めて感じた。

こどもの置かれた状況を捉えながら適切な環境を整えていくことは、弱者を救うという観点の話ではなく、これからの教育として根本的な視座として捉えるべきであろう。今の制度の中でも出来ることはあるといえるが、この観点は、指導要領の改訂レベルではなく、教育の自由の議論まで含め、もっと本質的で抜本的な議論がもっとされるべきではないかと考える。
教育改革は「学習指導要領に沿って教育を行っていくことではなく、教育や学校の組織文化自体を変革していくこと」ということなのだと改めて理解した。これには多くの困難も伴うことであり、批判や傍観ではなく、未来を一緒に作っていくためにも社会全体として応援していける個人、組織、社会の仕組みが大切になるだろう。

LFAの、母子の愛着形成までが視野に入っている子どもの家事業の活動や日本で初めての長期調査の取り組みには、本当に頭が下がる思いである。

こうしたNPOと学校と親と地域と社会が、共通の認識をもちながら連携している、新しい次世代の日本の教育・社会モデルをイメージすることは大切であるし、未来教育会議としてそうした動きを加速することに役割を果たしたいと強く感じる。

 

未来教育会議 兎洞武揚

  • ライター

未来教育会議 実行委員会

未来教育会議実行委員会です。

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