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  • 未来教育リポート
  • 2015.04.22

「格差をなくす」−ドロップアウトを生まない教育の実現−|Learning For All 代表理事 李炯植氏からのプレゼンテーション (未来教育会議シンポジウム2015リポート②)

0. はじめに

2014年3月7日に開催させていただいた「未来教育シンポジウム2015」より、
特定非営利活動法人Learning For All代表理事・李炯植氏からいただいた
プレゼンテーションをご紹介させていただきます。

 

 

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私たちLearning for Allは、2014年度に設立したNPOです。事業自体は、2010年からTeach For JapanというNPOの中で運営してきました。この度、2015年度より独立のNPOを設立し活動することとなりました。Learning for Allは、教育格差の解消のため、生活困窮世帯やそれに準ずる世帯への学習支援事業を実施しています。これまで、全国で3000名以上の子どもを支援してきました。東京では墨田区や葛飾区、関西では奈良市教育委員会などと連絡し、事業を実施してまいりました。

本日プレゼンを務めます、私はNPO法人Learning for All代表理事の李炯植でございます。大学生だった2012年より本事業に関わってきました。新卒でTeach For Japanに入社し、独立の際に代表に就任いたしました。本日はみなさまに3つのことをお話ししたいと思います。「1.課題意識」「Learning for Allの取り組みと今後の展開」「3.新たな可能性との出会い」の3点です。

1. 課題意識

LFAは「教育格差」という社会課題の解決に取り組んでいます。みなさんはお聞きになったことがあるでしょうか?

155万人。この数字に見覚えのある方はいらっしゃいますでしょうか。これは、学校に通うのに国や自治体からの援助を必要とする、そういった子どもたちの数です。割合にして、およそ7人に1人。40人のクラスでいうと、7人以上が、こうした状態にあることになります。就学援助率が70%を超えるような学校も存在します。学ぶために金銭的な援助を必要している子どもと、そうでない子ども、その所得の格差は、やがて学力の格差へとつながります。例えば、文部科学省が実施した全国学力調査によると、年収1500万円以上の高所得世帯の子どもの正答率は82.5%。一方、年収200万円以下の低所得世帯の子どもの正答率は62.9%。このように、親の所得と子どもの学力には明らかな相関がみられます。そして、学力の差は大学進学率の差へと繋がっていく。偏差値60代の高校に通う子どもたちの大学進学率は現役で81.8%。また、残りの約18%も、浪人などを経て大学へ進学する場合が多く、最終的にはほぼ100%になります。一方、偏差値30代の高校に通う子どもたちの大学進学率は、22.4%。5人に1人しか、大学に行きません。もちろん、大学に行くかどうかが人生やその人の価値を決定するわけではありません。しかし、大学に行くかどうかで、その人の生涯年収に大きな差が生まれているのが現実です。男性で約7600万円、女性で1億900万円もの生涯年収の差、すなわち、所得の差が生まれています。そして、彼らが親になったときにどうなるでしょうか…?所得の差がまた子どもの学力の差につながっていきます。ここで今までの話が、ご覧の図のようにループするわけです。親の世代の経済的格差が、子どもの学力に影響を与え、学力が大学進学率に影響するために、生涯年収に差が生まれる。このようにして、格差は再生産されてしまいます。

では、こうしたループを抜け出すためにはどうすれば良いでしょうか?人一倍努力して良い大学に行けばいいじゃないか。そう思った方もいるかもしれません。努力しなかったやつが悪い。本当にそうでしょうか?私たちが向き合っている子どもたちは、そもそも努力することすら難しい状況に置かれています。そして、子どもが置かれている状況は複雑でなおかつ一つ一つが深刻な課題です。

私達が見ている子たちの中に、ある1人のとても元気な中学生の女の子がいます。教室に入る時に必ずあいさつをしてくれ、どの教師とも気さくに話してくれます。彼女は、分数の計算やアルファベットの段階からつまずいており、学習遅滞が非常に深刻です。学校の教員が彼女に向かって「君は学年で成績が一番悪い子だ」と言われたこともありました。その結果、彼女の自己肯定感はとても低くなり、彼女は口癖のように「私バカだから」と言うようになってしまいました。実は彼女の家庭は複雑です。親が離婚再婚を繰り返しており、中学に入学してから名字が変わるのが4回目だという。家庭の事情から、帰宅後は赤ちゃんのお守りをはじめとする家事を、夜中までし続けなければならない状況にたたされています。このように、生まれた地域や家庭環境によって、様々な困難を抱え、情緒面での発達の遅れや学習の遅れを抱えてしまっている子どもがたくさんいます。

彼らはこのままいくとどうなるのか、想像してみてください。子どもたちの中には、区の底辺校や定時制の高校にしか進学できない子たちも多い。定時制が悪いとは思いませんが、中退率も高く・就職率も高くない。将来不安定な就労を強いられ、どこかでドロップアウトしてしまい、生活困窮者へなってしまうかもしれない。私たちは子どもたちの将来の自立のためのセーフティネットであり、最後の砦であります。「すべての子どもが良く生きたいと思っている」これは私達がとても大事にしている言葉です。生まれた地域環境、家庭環境で子どもの可能性が左右されてはいけない。これが私達の信念です。

2. Learning for Allの取り組みと今後の展開

では、こうした課題に対して我々LFAが何をしているかをお話します。LFAは、困難を抱える子どもに対して、個別指導型の学習支援を提供しています。大学生ボランティアを活用し、放課後や週末の時間に、週に1回学習支援を実施しています。学習支援を通して、子どもたちが階層の再生産から抜け出し、よりよい人生を歩む機会の提供を目指しています。私たちは学習支援の「質」に強いこだわりを持っています。LFAは、採用・研修の2つの仕組みにより、子どもの目の前にたつ教師の質を担保しています。LFAは、大学生ボランティアをただ集めて現場に送るという方式をとっておりません。我々は、まず子どもの前に立つ教師に選考を課し、倍率2倍での選抜を実施しています。そして、その選抜された教師に対し、プログラム期間の合計で45時間の研修を提供しています。採用と研修により、LFAは高い指導の質を実現しています。

なぜ質にこだわるのか。その背景には、「施しで終わらせてはいけない」という思いがあるからです。かつて、LFAの教室に通ってきた子どもの中には、学習支援を受けたにもかかわらず、成果が出ず、夜間の定時制高校に行かざるを得ず、結局中退し、引きこもりになってしまったような子供もいます。支援する前と同じような道に進んでいくのであれば、我々の支援に意味はありません。学習支援の場に来ている時に、子供たちを一時的に幸せにすることだけでは、不十分だと気付きました。子どもたちに足りないものを補ってあげる「施し」の発想だけでは不十分で、子どもたちが自立していく力をつけることにコミットしなければならないと気付きました。

子どもたちが「Path Change」する教室、つまり、子どもの人生が変わる教室を作る、これはLFAが目指していることです。学力がないから、学習機会に恵まれないから、様々な人生の可能性が閉ざされ、ドロップアウトしていってしまう子どもたちがたくさんいます。そんな子どもたちの人生が変わる教室を作る、子どもたちの人生が変わることに責任を負う、そんな教室をLFAは作っていきたいと考えています。

今後の事業展開としては、まず学習支援事業を拡大発展させ、より多くの子どもに支援を届けます。また、4年近く学習支援事業を実施し、蓄えたノウハウを、様々なアクターに共有していく、ノウハウ展開事業も推進していきます。実際に、学習支援をやりたいが、やり方がわからないなどの問い合わせを受けることも少なからずあり、今後の国の支援の流れを見ても、学習支援事業は増えていくと思います。一つでも多くのアクターが、「子どもの人生が変わる教室」を届けられるよう、LFAはノウハウの展開を進めていきます。この活動を通じて、良質な学習機会を全国の子どもたちに提供していきます。そして、学習支援事業、ノウハウ展開事業あわせて、2025年までに、50,000人の子どもを支援する事業規模にまで拡大することを目標としています。LFAは、この活動を通して、「教育格差の解消」を目指していきます。

3. 新たな可能性との出会い

LFAは、ここまで4年間学習支援事業を展開してきました。子どもたちの人生が変わる教室を創れたという自信がある一方で、まだまだ支援の課題を感じています。LFAは155万人いる就学援助者のうち1000名の子どもにしか支援を届けることができていません。また、特別支援学級に通う子どもたちなどの学習に特別なニーズを抱える子どもたちへ専門的な知見を用いての指導はできていません。量的にも、質的にもまだまだ課題を抱えており、事業改善の必要性を感じていました。そんな中、目を開くような新しい出会いがいくつかあり、LFAの描くビジョンも少しずつ変化してきました。これからその話をさせていただきます。

まずは、「先進的な社会との出会い」です。オランダやカナダなど、「平等=equality」だけではなく、「公平=equity」を前提とした社会やその社会の中の制度を知りました。生まれた地域や環境によらず、その子の持つ個別なニーズに合わせて、様々なサポートが公的に与えられている社会制度を前に、その先進性を感じました。例えば、カナダにおいては小学校の中に、母子支援施設が併設されており、保護者が気軽に支援施設とつながることができます。生まれた地域や家庭環境に関わらず、すべての人がニーズに合わせて支援を受けやすい環境が公的に整備されています。

また、先進的な教育にも出会いました。インターナショナル・セカンダリー・スクール(いか、ISS)という、発達障害、ドラッグ中毒、著しい学習の遅れなどの特別なニーズのため、既存の学校では適応できない子どもたち向けの学校に見学に行きました。そこは、中高一貫校でICTなどを駆使し、個々人の学習ニーズに合わせて教育を提供しています。この教室では、発達の遅れを抱えている子どもでも、大学に合格できる学力をつけることができます。そこの代表の方の言葉で印象的なものがありました。「子どもたちには、学び方の個性があるだけで、学び方に合わせた指導/支援を行えば、子どもは必ず成長する」という言葉です。これは私たちが日々現場で感じていることと同じで、非常に共感しました。また同時に、ISSでは、私たちがまだ十分に支援しきれていない子どもたちへの指導を実現していました。私たちが実現したい未来がそこにありました。まさにLFAのロールモデルとなる教室でした。

こうした出会いを受け、LFAでは学習支援事業・ノウハウ展開事業以外にも2つの事業を実施することにいたしました。①フリースクール事業と②新指導システムの考案/導入(『Classroom for All』プロジェクト)の2つです。

①フリースクール事業は、放課後学習支援という切り口だけでは支援しきれない子どもたちを支援できるような教室がほしいという思いから発足を決意しました。不登校や発達障害等の様々なニーズを、放課後学習支援だけでは包摂できません。様々なニーズを「ワンストップ」で満たせる支援機関としてフリースクールを開校することを目指します。国の流れとしてもフリースクールに関する検討会議が設置されており、今後より必要性を増す機関となることが予想されます。

②新指導システムの考案/導入(『Classroom for All』プロジェクト)は、発達障害などの特別なニーズを持つ子ども向けの指導/支援を社会インフラとしたいという思いから発足を決意しました。日本において、特別なニーズを持つ子ども向けのナレッジはまだ偏在しているにすぎず、より多くの子どもたちへ届けることが必要です。海外に目を向けると日本をはるかに上回るナレッジがあります。LFA単独で何かを作り上げるのではなく、国内外の専門家や民間企業・自治体との共同によるプロジェクトチームを発足し、特別なニーズを抱える子ども向けの指導/支援システムの考案/導入を進めていきたいと考えています。

今後LFAは、このように事業の幅を広げ、日本の教育格差の解消、そして子どもの多様性を尊重した教育機会が提供される社会の実現を目指し、活動していきます。LFAだけでなく、多くの人が子どもたちのために活動していくことが重要です。ここにいるみなさまも課題の当事者として、子どもたちのために何かしらのアクションを起こしていただけますと幸いです。

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  • ライター

未来教育会議 実行委員会

未来教育会議実行委員会です。

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