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  • 実行委員会の活動
  • 2018.02.09

「人一生の育ち」を考える ’教育×経済’ 対話 第二回「21世紀の教育における対話的学び」

私立品川女子学院 理事長兼中等部校長 漆紫穂子氏 ×  演劇作家・東京藝術大学COI研究推進機構特任教授・大阪大学COデザインセンター特任教授 平田オリザ氏

第2回は「21世紀の教育における対話的学び」がテーマ。小学校・中学・高校という多感な時期の子どもに対し、教育のあるべき新しい姿について”対話”を切り口に考えていく。2017年に約10年ぶりに改定され、2020年から段階的に導入される学習指導要領には、キーワードとして「主体的・対話的で深い学び」が盛り込まれた。知識偏重型の教育から、知識や技能を自在に活用し、様々な問題解決力を養うことが求められる時代へと変化している。今回は、こうした学びを自校で早くから展開し、改革前後で入学希望者60倍・偏差値20アップを実現させてきた私立品川女子学院校長 漆紫穂子氏と、主に公立小・中学校の生徒に”演劇”を通して対話を提供し、大学入試改革にも関わってきた演劇作家 平田オリザ氏にお話を伺った。

問いを立て、解決法まで自分で編み出すための教育

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『”教育の現場”をイメージしてください』。そう言われて、私たちの多くは教室に生徒が数十人、皆等しく教師の講義を聞いている”一斉型”の授業を思い浮かべるだろう。これに対し、例えばオランダの小学校では全く違う光景が見られる。生徒がそれぞれタブレットを持ち、各々の能力・モチベーションにあったカリキュラムに取り組む。1人1人が自分の速度で学びを深めた後は、教室に集ってお互いの意見を交換するワークショップが開かれるのだ。子どもたち自体が主体的に、かつ互いに学び合うような場が、そこにはある。

 

漆氏はこうした海外の事例を目の当たりにしながら、変化し続けていく世の中で、変わることなく必要な力とは一体何かを考え続けてきた。

 

「世界的に今注目されているのは『非認知能力』です。例えば自信、粘り強さ、行動力、協調性などといった、IQでは測れない力のことです。そんな中、品川女子学院で注目しているのが、『共感力(エンパシー)』と『問題発見力』です。」

 

特に問題発見力については、従来型教育で評価された、与えられた問いに対し『正解』を出すことではなく、そもそも何が問題なのかという、問いを発見し立てること、そして限られた資源の中で『最適解』を導く力を養おうと、デザイン思考を実践的に学べるようになっている。

 

「まずは事実を掴むために街に出て情報収集を行い、次に掴んだ事実を教室に持ち寄って、不便だと思うことをブレーンストーミングしていきます。この時、間違った答えでも何言ってもいいよ、という、日本人が苦手とする発言力も身につけていきますね。そして皆からどんどん意見を引き出せるようなファシリテーション方法や、考えている事を模型にして皆に示すプロトタイピング、プレゼンテーションの方法まで学びます。何かをやるときには必ず人の力が必要になってきますので、自分のしたいことをしっかりと相手の頭にも浮かべてもらって協力者を募っていくところまでをやるんです。」

 

こうして学んだことは、社会での実践の場で生徒の血や肉になるよう、地域や企業と連携した場を取り入れている。

 

「例えば、中学1年では「地域」をテーマにした学習を取り入れました。ある生徒たちは「人はなぜ傘を置き忘れるのか」という問いを立て、解決策として地域の店舗間で自由に使える地域傘を提案してきました。地域の20店舗ほどを巻き込んで試しに置いてもらい、傘がどれくらい移動するかといった実験をした上で、取り組みが学校内で終わらないよう品川区議会議員へのプレゼンテーションも行いました。10名ほどの議員の方が参加してくれましたね。中学3年では、社会とつながる企業コラボを行っています。キユーピーとは女子中高生の朝食離れを解決するためのソース開発をテーマに、パンにぬるだけでアップルパイ風になるようなジャムの商品化にもこぎつけました。

 

中等部は私達が企業と交渉しますが、高等部では起業体験プログラムとして、クラスごとに自分たちで課題を見つけ、学外の協力者を得ながら事業を実際に興すという、経営の面も含めて体験できるようにしています。一昨年に文化祭で発表していた子たちはクラス替えになっても継続するため、NPOを設立し、今も活動を進めています。」

 

尚、こうした実践的な内容にもっとも慣れていないのが、教える側の教員だ。そこで、品川女子学院では、まず教員から始めようということで、デザイン思考の創設者、IDEOのトム・ケリー氏を招いての教員研修も実施したという。

これからの時代に必要なのは「気前のいい子」

教育現場における課題の1つに、SNSといったテクノロジーとどのように付き合っていくか、という点がある。ついトラブルや危険性にフォーカスし子どもから遠ざける傾向にある日本だが、漆氏はこうした”極端なリスク回避思考”が情報系の教育を遅らせていると話す。品川女子学院では取り入れ方を工夫し、生徒があえてテクノロジーに積極的に触れる機会を作っている。ポイントは「テクノロジーはあくまで手段である」としっかり伝えることだ。

 

「本校ではリスクをとって、中学1年生からICT教育もカリキュラムに組み込んでいます。高校1年生でアプリとホームページ、ウェブサイト制作のプログラミングまではできるようにしています。単に技術を得るだけではなくて、何のために身につけるのかという目的を意識させるようにしているんです。技術は何か課題を解決するための手段として身につける、という視点が必要だと思うからです。実際にこうした視点で、身近な課題を解決するアプリやWEBサイトを作っている生徒もいます。」

 

一方、SNSの導入で家庭学習にも変化が生まれた。品川女子学院では、サイボウズやGoogleドライブを導入しており、自分たちのとったノートをオープンにする生徒もいる。得意な子が苦手な子に教えたり、共有した内容について対話を深めたりすることで、学校全体のレベルが上がっていくのだ。

 

「導入の発端は、テスト前に生徒たちが個人的にLINEでやりとりしていたら、内容が間違っていて30名くらいが一気に間違えてしまったこと(笑)。それなら、いっそオープンにシェアする仕組みにしようということに。例えば、ここがわからない、と発信すると、解決スライドを作って共有してくれる子までいるんです。教員の方もシラバスをデジタル化して、いつ何を勉強するのか予め生徒と共有しています。中には音声も入れて動画で解き方を解説するようにリンクしている教員もいます。子どもたちはこれで自宅や通学途中に予習をしておいて、学校ではお互いに教え合いをする。そんな授業も行われています。得意な子はどんどん先に勉強して、苦手な子に教えられるんです。その結果、みんなのレベルが上がっていくということが起きています。

 

こうしたことをお話しすると、うちの子は勉強ができるから教えるばっかりで損しちゃうんじゃないか、という親御さんもいらっしゃいます。ところが実は逆なんです。自分が学んだことをどうしたら自分に定着させられるかを示した”ラーニングピラミッド”というものがありますが、最も効率の悪い方法っていうのは、先生の話をただ聞くこと。定着率5%と言われます。最も効率がいいのが、人に教えてあげること。これは定着率90%とも言われています。つまり、教えるという事にこそ学びがあるということなんですね。実際何年か前に習熟度別のクラス編成を廃止したところ、進学実績はむしろ上がりました。

 

この時代にどういう子に育てるのがいいですか、とよく聞かれるんですが、一言でいうと「気前のいい子」ではないかと思うんです。知識はもう独り占めする時代ではなくて、最初にシェアした人、その場所がプラットフォームになって、やがて集合知になっていく。なので、学校全体でそういった取り組みは積極的に行なっています。」

衝突も含めて、対話は大事

こうして品川女子学院で学ぶ学生には、1つの課題に取り組む機会の多さや教えあう文化によって、対話の機会も多い。

 

「品川女学院は私学なので入試段階である程度学力が均質化しているとは思いますが、それでもいろんな子がいますし、入学前の説明会でも『失敗ともめごと』だけは必ず提供できると話をするくらい、意見の衝突が多いんです(笑)。でも、よいものをつくるためには、むしろ衝突は必要で、よいことなのだという文化がある。だからこそ卒業するときには、文句を言う前にまず行動する子や、チームで動ける子が育っているのではないかと思っています。6年間この学校で育って、人の役に立つことが自分の喜びになるような人として社会に羽ばたいていってほしいと願っています。」

 

品川女子学院の卒業学生インタビューからは、対話を通じ、自分の持ち味を活かしつつ他人と協働していく方法を学んだ様子が伺える。

 

・学生A

「合唱祭のリーダーをやってみて、合唱祭は形あるものをつくるわけではないので、その分衝突が起きやすい。なんで分かってくれないんだと人のせいにしそうになったこともありました。でも途中で、他人を変えるのではなく、まず私から変わるしかない。そう気づきました。」

「人それぞれに役割があるので、自分のタイプを活かすことが大事だと思います。品女の中にも「私が私が」と言う人もいるし、サポートに回る人もいますが、役割分担が社会では絶対必要だと思うので、どんなタイプの人も活躍の仕方があるとわかりました。」

 

・学生B

「話し合いで言わなかったことは後から言わない、というルールの中でやっていたのがよかったと思います。」

 

こうした学びを得た学生が、社会でどう活躍していくのか。注目したい。

日本に”対話”は存在しなかった

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私立学校として思い切った改革を施し、成果を出してきた漆氏。一方、地方の公立小中学校を中心に年間30-40校ほどの演劇のワークショップを行い、小中学校の教科書作成や大学入試改革に携わったりと、演劇的視点から幅広く教育に関わり続けてきたのが、演劇作家の平田オリザ氏だ。ここ20年ほど”対話”ということばを使ってきたという平田氏、まずはその言葉の定義について触れる。

 

「まず、僕は”対話”と”会話”を区別するべきだという風に話をしてきました。英語で表現すると、対話はdialogue、会話はconversationとはっきり違いがあるんです。でも、日本語には、辞書で調べてもはっきりとした区別はない。もっと言うと、もともと”対話”と言う概念自体、実はないんじゃないかと僕は考えています。僕なりの定義は、会話というのは親しい人同士のおしゃべりで、対話は、知らない人との間の情報の交換や知っている人同士でも価値観が異なる時のすり合わせです。

 

なぜ、日本に”対話”という概念がなかったか。大雑把にいって、日本は統一性の高い文化だからだと思います。もともとが稲作文化だから、村全体で田植えをして、草刈りをして、稲刈りをしないと収量が上がらないという特殊性を持っている。なので、そういう一致団結型のコミュニケーションは非常に得意なわけです。これを僕は『分かりあう文化』『察し合う文化』という風に呼んでいます。対してヨーロッパでは、異なる価値観、異なる文化的背景をもった人間たちが背中合わせで暮らしていますから、自分が何者であって、何を愛し、何を憎み、どんな能力で社会に貢献できるかっていうことをきちんと言葉にして説明していかなければいけない文化なのです。これを僕は『説明し合う文化』と呼んできました。根本的に、こうした違いがあって、それが言語にも表れているわけです。」

 

対話という概念の有無は、文化の違いなので善し悪しでも優劣でも無い。むしろ日本人はこの文化の中で素晴らしい技術を生み出してきた。ただし、国際的にはこの「察し合う文化」は少数派であることは自覚する必要がある、と平田氏は指摘する。

 

「例えば俳句や短歌。『柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺』といっただけで、ここにいるほとんどの方が何となくの情景を思い浮かべることができる。つまり、対話を通して価値観をわざわざすり合わせなくても、日本人なら感じられる、察することができるよね、という文化があったんです。ただ、同じように「察してもらえる」と思って国際社会に出ると、本当にただの変な人、日本人おかしいと思われて終わってしまいます。これから本当に必要なのは、日本文化の基盤に立ちながらそれをどうやって相手の文化のコンテクストで説明していくかということだと思いますね。」

 

今、教育現場ではグローバルコミュニケーションと称して、異文化理解能力をつけ、対話力を身につけることを要求している。一方で日本の学生たちは就職すると日本型のコミュニケーションも求められる。

 

「こうして、世の中は子どもたちに対して、無邪気に”ダブルバインド”を持ちかけていると思うんです。ダブルバインドとは、 二つの矛盾した命令をすることで、相手の精神にストレスがかかるコミュニケーション状態を指す心理学用語ですが、これってとても大変なことだと思います。僕がよくワークショップに行くのは公立小中学校なんですが、アクティブラーニングなどを通じて中途半端に自分の意見を言いなさいなどというと、浮いてしまっていじめにあうわけですよね。で、いじめにあった子が先生に相談に来ると、まあそこは空気読めよ、って言われる。これどっちだよ、これ典型的なダブルバインドです。品川女子学院みたいに全校できちんとそういう教育をなさっているところはいいですけれども。

 

家庭内でダブルバインドが激しく繰り返されると子どもの引きこもりの原因になると言われているわけですから、これと同じことが日本中で起こっているとなれば、みんな内向きになるのは当然なわけです。教育に携わるものは、まず子どもにダブルバインドを強いざるをえない状況だということを、きちんと自覚する必要があると思いますね。」

多様性のある環境×対話が、生きる糧になる

では自覚をした上で、どうすればダブルバインドを乗り越えられるのだろうか。平田氏は、演劇的なアプローチが、日本という土壌で対話する状況を生むために一役買うと考えている。

 

「日本では、ただワークショップを行っても、ほとんどの子が対話にならない。強いフィクションを課して対話せざるを得ないような状態を作ってあげないと、対話は生まれにくい。そこで演劇というものを通じて、対話型の授業にしていく、というのが僕が今まで提案してきたことです。」

 

例えば、直近で話題の大学入試改革だが、ここで平田氏の演劇的アプローチが活かされている。

 

「地方の私立大学の入試改革の例ですが、僕が学長特別補佐をしている四国学院大学では、ディスカッションドラマをつくるというテーマの入試問題を出しました。たとえば『財政破綻後の日本で、本四架橋を3本から1本にするとき、どの橋を残すか』というテーマで学生を各県の代表として、7人一組でディスカッションドラマをつくる、というもの。ここではPCがグループに2台支給され、知識の面については自由に検索できるようになっています。まず誰がいつ検索するか、それをどう活用するかについて、7人の間で対話することが必要です。ここで評価されるのは、検索のうまい子ではなく、グループ内で話し合った上で自分の役割をちゃんと定められた生徒です。」

 

他にも大阪大学大学院の奨学金選抜試験では、実験的に世界最先端の入試を作ろうという試みで、40人を二泊三日ホテルに缶詰めにして演劇や映画を作るといった試験なども行っている。こうした改革を通じて、大学も少しずつ変わろうとしている。

 

「これまでの日本の学力試験は、その時点での生徒・学生の持っている知識や情報の量を問い、上から20番は合格、21番以下は不合格としてきました。でも共同体には、色んな人がいた方が持続可能になるわけですよね。漫画『宇宙兄弟』でも話題になった、JAXA、NASAのクルーの試験がいい例です。命のやりとりをできるクルー、仲間を集める試験なわけです。だから、ピンチの時にジョークを言って和ませられる人がいたり、斬新な発想でピンチを切り抜けられる人がいたりと、多様な仲間を集めることが必要なのです。大学もそういう仲間を集める試験に変えていこうという流れはあります。」

「新しい学びの共同体」をつくる

「もはや知識を囲い込む時代ではないわけです。ハーバードやMITや日本でも京大などは授業をインターネットでどんどん流していますよね。それでもわざわざその大学にいく価値とは何か。それは、共に学び一緒に議論をすることに価値があると。『何を学ぶか』よりも『誰と学ぶか』の方が大事なわけです。そして誰と学ぶかを考えた時には、そこに色んな人がいてくれないと困る。だから、意図的に色んな子を大学に入れていかないと、大学はいくらアクティブラーニング化しようとしてもアクティブにならないですし、日本もそうしないと生き残れないと思います。」

 

これからの時代、日本で求められるのはまず、できるだけ多様な人材が集まる基盤をつくること。その上でフィクションの力を借り、学生生徒が対話をせざるを得ないような状況を作っていこうというのが、平田氏の総論だ。

 

「この二段構えぐらいをしないと、私達はダブルバインドを乗り越えていくことができないんじゃないかと思うわけです。その時に、演劇的な手法というのが、選抜段階でも授業の内容においても非常に強い力を発揮するのではないか、というのが私の考えです。」

Q&A

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-対話的学びの目的とは?

Q.まずお2人にとって、対話的な学びを重視する目的や原動力がどの辺りにあるのかお伺いしたいと思います。

漆先生のお話では、企業や社会とコラボレーションしていくプログラムが非常に印象的でしたが、その一番の目的は何でしょうか。

 

漆:私は両親が教員で、自分自身も大学を出てすぐ教員になっているのですが、学校の中の常識が社会では通用しないのだな、と反省することがこれまでにたくさんあったんです。そこから子どもたちは常に社会とつながっていけないといけない、と考えるようになりました。生徒には、目の前の勉強が未来の自分とどうつながっていくかを知った上で学んでいく必要があると、いつも言っています。

 

-Q.平田先生は、演劇的手法で対話の場をつくることについて、個人としてどのような想いがあるのでしょうか。

 

平田:僕は完全に民主主義のためにやっていると思っています。日本は歴史的に見て、ずっと対話の必要性がなかったんです。対話は時間がかかるし、面倒なものですから、機会がなければ特にやろうとも思いませんよね。でもそのことがファシズムの温床になったと僕は思っているんです。いろんな要因はあるでしょうが、日本は誰が教えても大体ちゃんと教えられるという完璧な教育システムがあり、かつ『言わなくてもわかる』という察し合う文化があった。それがあだになってしまったと思います。それに、画一的な教育システムによって多様性を欠いた集団になってしまっている。このままでは日本社会は持たないという思いもあります。まずは何か対話をする場を作っていかなければならない、そんな思いです。

 

-対話的な学びが生み出す変化

 

Q.対話的な学びは、生徒にどのような影響を及ぼしていると思われますか。

 

漆:入学してくると、最初は自分と違う考えの人とは相入れないと態度で示す子もいれば、嫌われないために黙っている子もいる、みたいなところからスタートするんです。でも、チームで課題に取り組む機会が多い中もめ事をたくさん経験することによって、文句を言う前にまず行動したり、妥協はときにはしながら、でもお互い持っているものを活かし合おうという姿勢が育っていくような気がします。実現させたいことがあっても、周りを顧みずに主張だけしていたら、嫌われるだけですよね。なので、中1の段階で、アサーショントレーニングといって、”爽やかに”自己主張することなんかも伝えています。

 

平田:漆先生のおっしゃることはまさに重要だと思います。最近クリティカルシンキングが必要だなんて言われますが、それって要するに、話の腰を折る人を育てるってことですよね。そのままやったら、単純にすごい嫌われ者になっちゃうんです。僕がやっているコミュニケーション教育は”うまく”話の腰を折る人を育てることだと思っています。ダブルバインドを乗り越えるために、日本の子たちは欧米の子よりもひとつ負荷がかかってしまうんだけれども、ここを乗り越えてもらう必要はあるかと思います。

 

 

-新しい手法・改革へのアプローチ

 

Q.お2人は、お話にあったような新しい手法、改革にどのようにたどり着いて、どのように導入したのでしょうか。

 

漆:過去のやり方から抜けるのは大変で、学校の先生はみんなが生徒のために良かれと思ってやっているのに何かが違ってきたという状況だと思うんです。私はこれを頭ごなしに否定して失敗しました。そこで学んだのは、大人を無理に変えようと思わないこと。私の場合、まずは子どもたちにとって良いと思うことを、小さな単位でやってみました。そうすると1人2人協力してくれる。そこで生徒にいい変化が出ると、手伝ってもいいかなと思ってくれる先生が増えていきます。先生は生徒が成長することが嬉しいと思うので、そうして少しずつ味方を増やしてきましたね。

 

平田:私は要請に応じていろんな学校でワークショップ型の授業をする、というだけなのですが、結果的に兵庫県の豊岡市は市内で39の小中学校すべてでやっています。3年前にモデル校からはじめて、先生にやり方を教えながら、進めてきました。これができるのは、首長と教育長の強いリーダーシップがあることが大きいと思います。

 

 

-人一生の育ちという視点での幼保期の育ち、リカレント教育の重要性とは?

 

Q.人一生の育ちという視点でみたときに、発達段階の幼保期の重要性について、感じていることはありますか。

 

漆:生徒の幼保時代を見ていないので、あまり無責任なことは言えないですが、リーダーシップのある生徒にどんな育てられ方をしてきたかを聞くと共通点がみられるとは思っています。1つは、自己肯定感が高いこと。人に必要されていると感じる経験ですね。後天的にも獲得できると思いますが、先に経験できるに越したことはないと感じます。そしてもう1つは自分で決める、という経験をさせてもらっているかでしょうか。守られながらも、選択させて、失敗からも学ばせてもらえているかも重要だと思います。

 

平田:僕は特に、自己決定能力は大きいと思いますね。特に他の人と違うことを認めてもらってきているかどうか。こうした自己決定能力やコミュニケーション能力の低さと若者の貧困は密接に結びついていると思います。小さい時に基礎的なそういうコミュニケーション能力を身につけることは大事ではないでしょうか。

 

Q.これから求められるリカレント教育、大人になってからの学びについても、感じることがあれば教えてください。

 

漆:大人になっての学びには、仕事をしていく中で必要になり、社会に還元していくための学びと、自分のための学びの2通りがあると思います。もっと社会とリンクするような大人の学びの仕組みがあるといいですよね。今は育児休暇はとれるようになっているけれど、学びのための休暇がとれない。そういった期間も、世の中的に認められるといいのではと思います。

 

平田:最近感じるのは、これから求められるのは就職する力より転職する力だということです。18歳や22歳の時点の技能・知識で、40年間生きていける社会ではもはやなくなっています。途中でどうやって、自分の学びをもう一度組み立て直すことができるか。この能力を大学、大学院で教えてあげないとダメだと思います。一番は教養、リベラルアーツをきちんとやって、世界の見方を知り対峙する力をつけることではないでしょうか。

 

Q.最後に、人一生の育ちを考える上で、一番大切だと思うことは何でしょうか。

 

漆:私は学校にいる人間なので、”場”をつくることを意識するんです。子どもたちには好きなことが見つかったときに、それをやれる場所と時間を提供してあげたいと思っていますね。あとは多様な社会を経験すること。いろんな人とつながれて、いろんな体験をするという、外と繋がって行く場も必要だと思います。その中で、自分の役割が何なのか、社会にどう貢献するのかが見えてくるのだと思います

 

平田:僕は、誰と学ぶかということ。人間関係、協働性じゃないかと思いますね。多文化共生と言い換えてもいいと思いますが、その中でやっていくと最初は面倒なんです。でも乗り越えると、パフォーマンスがあがるということを体験することが重要だと思いますね。日本社会は今、その経験をしなくてもぎりぎり生きていけるという中途半端さが、改革を遅らせていると思います。日本文化と国際社会の中で、1人1人にとってどんなコミュニケーション能力が必要かをみていくことが大事だと思います。

未来教育会議の所感

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「21世紀の教育における対話的学び」をテーマに漆先生と平田先生からお話を伺った。

 

漆先生のお話からは、まず「子どもたちの学びが、社会とリアルにつながっていること」「中学・高校での学びが未来の自分にどのように役立つのかを知った上で学ぶこと」の重要性を実感した。VUCA時代には、自分で考え、行動し、道を切り拓く力が強く求められ、自律的に学び続ける人が幸せになる時代なのだとすると、その素地をはやくから身につけることの必然性は明らかと思う。

その際、品川女子学院が実践しているような、社会のリアル課題を、地域・企業・地域市民など多様なステークホルダーと共に、多様な学びの場をデザインすることの可能性は無限大に広がっていると思う。これは、子どもの成長はもちろんのこと、実はそこに関わる大人たちにとっても、子どもから学ぶことが非常に多いという点で、win-winの仕組となっている。

 

また、品川女子学院の「デザイン思考」を取り入れた学びは、「思考」の質を深める視点からも、とても意義深い。知識の理解というレイヤーを超えて、分析、比較、統合、評価のレベルまで一貫した思考を行うことが、深い思考力を身につけ、次なる興味・関心を喚起していく。自ら問いを立て、多様な意見の中でコンフリクトを乗り越えて、多くの対話を繰り返すことで一つのプロジェクトを達成していく。正解のない問いに対して、みんなでやり遂げるという良質な学びを、中学・高校時代に体験することが、未来の自己肯定感やチャレンジ精神を育む上で重要なファクターになっていると思う。

 

その中で、平田先生がお話された「日本にはそもそも対話の文化がない」という話しには、ハッとさせられた。グローバル化が進む中、異文化の多様な集団の中で、チームを組んで協働する力、対立を調整して解決する力は、ますます問われていく。

日本はよしあしではなく、ハイコンテクストの文化ゆえに、そのハードルが一段高いのであれば、コミュニケーション力を高める学びを、子どもも大人も、もっとフォーカスする必要があると思う。「コミュニケーション力」は、個人も組織も社会も幸せになるための、これからのキーコンピテンシーと言えるのではないか。

 

加えて、「何を」ではなく「誰と学ぶか」の時代であると平田先生は指摘される。ネット環境やSNS等の進展で「知識を囲い込むこと」それ自体は価値にならず、いかに知識を組み合わせて「新たな知識を創造できるか」が問われている。その時、つい私たちは’ What’や’ How’に目が行きがちだが、そのベースとなる’ Who-誰と-’、’ Why-何のために-’を問いかけることがすべての起点になると思う。個人のクリエイティビティを最大化するにはどうするか?多様な個が集まったチームとしてのクリエイティビティを最大化するにはどうするか?その一つの鍵が「対話の質の向上」にある。

 

未来教育会議実行委員会 原節子

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  • ライター

未来教育会議 実行委員会

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