- 実行委員会の活動
- 2018.10.03
「人一生の育ち」を考えるスピンアウト企画 県立徳島商業高等学校 取材レポート【前編】
「人一生の育ち」をテーマに、10回シリーズで「教育」について考えてきた今年度の未来教育会議。人が生まれてから死ぬまでどう豊かに学び、育つことができるか。人の一生を一本軸で見ていくため、産学さまざまなゲストからお話を伺ってきた。
今回は高校生期の学生に社会での関わりを提供し、可能性を最大限に引き出す人物がいるという、県立徳島商業高等学校を訪れた。聞けば、地元の特産品を使ったアイスクリームが県の本格的な認定商品となったり、JICAと連携したプロジェクトにおいて、カンボジアで工場設立・商品開発・日本での販売による途上国支援など、企業顔負けの実績を出したりしているという。我々が考える「高校生」のイメージをはるかに凌駕している高校生たち。生徒の能力は、なぜここまで引き出されているのか。その実態を探った。
企業人顔負けのプロジェクト実行力
徳島商業高校では現在、ビジネス研究部という部活動と各クラスの委員が連携し、企業や行政とのプロジェクトに数多く取り組んでいる。例えば徳島県の特産品である雪花菜(おから)の菓子を製造・販売する「雪花菜工房」の商品企画や販売、運営。観光的要素の少ない県の南地区に、ZIPラインを取り入れ、新たな観光スポットにするプロジェクト。震災のあった宮城県女川町の子どもたちにフリーキャンプを体験してもらうプログラムなどだ。
こうした企業と連携した取り組みは、一見すると全国各地の学校・企業で行われている。だが、実際はパッケージのデザインに終始したり、企画・提案までを行った後、実行フェーズは企業に任せるといったように、実現に向けた生のやりとりは行われていないケースが多い。
しかし、徳島商業高校での取り組みは全く異なる。企画のきっかけづくり、アドバイスは教員が行うものの、その先にどんな商品を企画するのか、目的は何か、達成するための課題とその打ち手など、すべて生徒が中心に行い、商品開発や企画の実行までを行う。企業関係者など、現場とのやりとりもすべて生徒が窓口だ。しかも、生徒がやりたいように活動しているという。
ビジネス研究部で部長を務める高校3年生の清水さんは、入部後関わってきた企業数がすでに100社を超えていると話す。
清水「中学の頃から、高校に入ったら色々なことに関わって、社会性を身につけたいと思っていました。この部活は入部前から、先輩方が商品開発やカンボジアとの交流について写真を見せながら楽しそうに話してくださって、自分の心から楽しめるものを作れそうだなと思ったので入部しました。やることがたくさんあるので、平日も夜遅くまで、休日も活動したりと大変ですが、充実しています。現在は、4つ、5つのプロジェクトに関わって活動しています。」
さまざまな部内の取り組みの中でも、特に大きなムーブメントを起こしているのが、カンボジアでの商品開発、製造・販売の取り組み。生徒10名程度によるプレゼンテーションを聞かせていただいた。
生徒「このプロジェクトは、平成24年から行なっている、日本友好学園との共同開発プロジェクトです。私たちが行っているのは、アイスクリームやカンボジアの伝統のお菓子について、商品開発のノウハウを共有し、実際に製造、販売までを行うこと。このプロジェクトの販売収益で、カンボジア現地の先生4名を雇用することができました。こうして日本とカンボジアを結ぶ象徴となれるような活動をしています。
当初、イメージした商品をカンボジアで製造することができない、という課題がありました。OEMに対応し、環境に配慮し衛生的で、信頼できる工場がなかったのです。そこで2年前、工場を建設しようという案がでてきました。JICAカンボジアに相談しアドバイスをいただきながらPDM(目標設定から成果の測定方法など国際支援プロジェクトの提案書)を完成させ、昨年工場建設費1,800万円、総事業費6,000万円の事業として採択されました。どんな工場をつくるのか、メリット、デメリットを考えるため、SWOT分析も駆使しました。
私たちの目標は2020年の東京オリンピックに出品できる商品を作ることです。そのために、オリンピック調達基準を満たす必要があります。クリアしなければならない内容の一つが、HACCP(ハサップ: 食品製造の際工程上の危害を起こす要因を分析し、最も効率よく管理できる部分を連続的に管理して安全を確保する管理手法)です。
HACCP対応の工場を作るために、モデルとなる工場を選び何度も見学に行きました。設計図を作成し、専門家に見てもらいました。暑いカンボジアの工場でエアコンをあまり使わず涼しくするにはどうすれば良いか、という課題に対して、私たちが考えたのは、換気扇で熱い空気を外に出すこと。しかしこれでは蟻や蚊などが入ってきてしまうという指摘をいただきました。設計に不足していたのは、人の流れだけでなく、物の流れ、空気の流れを意識すること。解決策として、多様な冷たい空気を工場内に入れて、加圧状態にしては、というアドバイスをもらいました。
他にも様々な工夫をして、設計も大幅に組み替え、工場は無事完成。12月21日にカンボジア教育長長官、在カンボジア日本大使館行使など1,700名を招いて工場落成式を行いました。毎年参加している国際展示会で、この工場で作った商品を商品化し販売しています。」
どうだろう。企業人となんら遜色のない形で企業と関わり、事業を形にしているのがわかる。それも繰り返し伝えるように、生徒主導で、である。
部長の清水さんは、この部活に入ってよかったことがいくつかあるという。
清水「他の高校生がなかなか体験できないことなので、いい経験だなと思っています。大変なことも多いですが、自分と同じ想いを持っている仲間に出会うことができましたし、普段どこかに出かけた時も、商業の目で周りを見て、自分で課題を見つけ、皆で解決しようとする力が身についたと思います。」
この活動に関わる生徒は、入学時特別な知識やスキルを持ってきているわけではない。とにかく熱意を持ってこの部活で活動をしていくうちに、めざましく成長をしていく。こうした能力を引き出す土壌は、どのように生み出されているのだろうか。
「子どもたちの能力を最大化させることが第一」立役者の存在
この部活の顧問を務めるのが、現在徳島商業高校8年目、教員歴15年の鈴鹿剛氏。鈴鹿氏はかつて、ビジネスの世界で、事業主として活動していた。事業は順調で、今後の成長もほぼ確実に見込める状態だったが「やりたいこととやっていることにズレ出てきて、違和感を感じた」ことから、教員に転身。それまで培ってきたビジネスの現場の視点や人脈を最大限活かしつつも「あくまで主人公は生徒である」という想いを貫いてきた。
鈴鹿「いろいろなことをやっているように見えるかもしれませんが、私が新進気鋭な事業内容を狙ってやっているわけではないです。こちらがいくらよい環境を用意しても、本人たちにやる気スイッチが入らなければ意味がないと思うので。」
鈴鹿氏にとって、徳島商業高校は2校目。初任校に配属されたときからその経験を買われ、始めから起業家推進事業の指定校に配属された。当時から、子どもたちがやりたいことをできるだけやらせようという思いを持っていた。既にあったカリキュラムではなく、別のものを子どもたちとやってみよう。話し合いの中で出てきたのが、商品開発をしたいという声だった。
鈴鹿「その年のニュービジネス大賞に選ばれていた会社が、おからのパウダーを作る会社でした。だったらこのパウダーを使って何か作ってみる?という話になりました。ただしハンバーグとかクッキーとか、すでにインターネットに載っているものはダメと。そうしたらアイスクリームを作りたいという話になって。これが最初の取り組みでしたね。
レシピから子どもたちが作っていましたが、試作品なんて、最初は喉も通らないレベルなんです。でも手元で実験を重ねて、時には「いつまでに作ってくる?」「じゃあ徹夜で明日までに作ってきます!」みたいなやりとりがあって。企業の製造場所で作ってもらうための交渉も子どもたちがやります。業者によっては、依頼したレシピと全然違うものを作ってきたり、納品日が違ったりするので、それも体感しながら、やがて信頼できる業者さんを見つけてパートナーになってもらったり。5年くらいかけて、5種類のアイスができていきました。」
こうしてできた商品「雪花菜(おから)アイス」は、徳島県で話題の商品に。”特選阿波の逸品”に指定され、他校での販売依頼なども次々と舞い込んだ。今年度はギフト大賞の徳島県代表にもなっている。年間販売回数は60回以上、生徒も鈴鹿氏もほぼ休みのない状態で販売に走ることになり、収益化。やがて、NPO法人TOKUSHIMA雪花菜工房が設立されるまでになった。このNPO法人は、現在徳島商業の卒業生中心に運営されている。これまでのどのプロジェクトも、最終的にはやる気のある子どもたちが主導する形となっている。
心を育むフリーキャンプ活動
鈴鹿氏によると、生徒はこうした自ら考え、さまざまな大人たちと関係を築いていくための基礎力は”フリーキャンプ”で培っていると話す。
フリーキャンプとは、あらかじめ行うことを明確に決めず、当日出来る限り各々のやりたいことを行うスタイルのキャンプのこと。鈴鹿氏は、小学校高学年を中心に受け入れ、高校生、大学生のスタッフとともにこの活動に取り組んできた。実施するのは春、夏、秋と各季節ごと、1泊2日から3泊4日程度。その名称から、参加者を野放しにするイメージを持たれがちだが、スタッフ側は運営に際し、安全面も含めた研修を徹底するなどしっかりとした体制を構築しているという。
実はこのフリーキャンプが、多くのビジネス研究部・地域創生委員の精神的成長を底上げしている取り組みだとわかってきた。
鈴鹿氏の行うフリーキャンプとは一体、どのような内容なのだろうか。
鈴鹿「基本、ビジネス研究部・地域創生委員には運営スタッフとして、マネジメントの経験をさせています。キャンプの1日は、参加者の子どもたちに「今日やりたい?」とMTGで聞くところからスタートします。どこかで泳ぎたい、山登りしたい、釣りしたい、スライム作りたい。子どもたちからはいろいろな思いが出てくるので、スタッフのキャパシティに合わせて、どれとどれを何時にやりましょうという打ち合わせをします。あとは3-4人の子どもに1-2人のスタッフがつく、という形です。僕と数名が子どもたち全体を管理する司令塔になり、マネジメント側はいっしょに3食のご飯の準備や、怪我した子の手当や備品準備をひたすらやります。高校生は最初、だいたいここから始めますね。」
このフリーキャンプでは、いったいどのような力が身につくのだろうか。
鈴鹿「私が実践させていることは3つあります。1つは”I(アイ)メッセージ。英語のI(私)です。子どもやスタッフ同士に何かを伝えるときに、私のメッセージはこうであると伝えること、他人の言葉を借りないことです。
2つ目はアクティブリスニング。子どもたちの言っている言葉に耳を傾ける。それも言葉の表面を聞くのではなくて、言葉の気持ちを聞くこと。例えば「抱っこして」と言われて、ただ抱っこするのではなくて、なぜ、どのように抱っこしてほしいのか、その気持ちを捉えることがアクティブリスニングだと思いますね。
そして3つ目は、どこまでが自分で見られる範囲か把握して、リミットを引くこと。僕らのキャンプでは一般ルールを設けません。その代わり、例えば子どもが木登りをしようとしたとき、自分も木登りが得意だったらずっと上まで登れるプログラムをやってもいい。でも上まで登るのがすごく怖いスタッフだったら、途中までが責任持って見ることができるリミット。だから、そこでプログラムは止めてくださいという話をします。このリミットがどこにあるのか、自分で判断してもらうんです。」
そして、鈴鹿氏のフリーキャンプにはもう1つ肝がある。鈴鹿氏は、もしフリーキャンプだけで生活ができるのならそうしたいというほど、このスタイルのキャンプに思い入れを持ってきた。それは、鈴鹿氏が学生時代に出会ったアメリカの心理学者カールロジャーズ氏の理念を基にした、参加者の気持ちを考え寄り添うスタイルのフリーキャンプに出会ったことがきっかけだという。
鈴鹿「このキャンプには、グループカウンセラーという立場の学生もいて、事前に人の話を聞くトレーニングをしっかりしていきます。自分自身、このキャンプに出会って初めて人の話を聞く、ということを身につけていきました。とにかく相手をちゃんと見て、会話してそこで何かを育む、相手の気持ちに寄り添うというのは全てにつながると思います。キャンプに参加するとだいたい泊まり込みで子どもたちの心の話を聞くような、深い関わりになることが多いです。
鈴鹿氏はこうした経験を活かし、東日本大震災が起きた際に、宮城県石巻・女川地区の小学校の支援活動を、生徒や卒業生PTAなどとともに行ってきた。
「震災の時は、特に心のケアの事前研修を十分にし、さらに事前に大雨の中設備もない中でキャンプをさせて、その中で耐えられた生徒だけを現地に連れて行きました。現地では真夏に女子高生が何日もお風呂に入れないような生活をしているので、それで文句を言わないような人を連れて行かないとだめだと思いましたから。
僕らは泥かきはできない、でも子どもたちと過ごして、その気持ちを受け止めていくトレーニングはしている。特に震災体験の傷は、時間が経てば経つほど出てくるケースもあります。そうした子どもたちの心を少しでも懐柔をすることはできるのではないかと思って取り組んでいました。」
商業的な技術だけでなくフリーキャンプを通じて、子どもたちの心を育もうとするのは、鈴鹿氏なりの想いがあるからだ。
鈴鹿「商業高校だから、お金儲けだけ教えたらいいという感覚は全くないんです。もちろんお金儲けはこれから生きていく上で大事なことだし、商業を教えるものとしては、ビジネスをきっちり教えるということは大事だと思っています。一方で、気持ちのないところには何も生まれないと。まずは心でつながって、相手の気持ちを聞く、自分の心を確認するということがない人は何をやってもだめだなと思います。商品が売れた時も、それを買ってくれた人はどう思うのか、私たちの思いはどこにあって、どうやって商品を売るのか。を考えること。そういう意味では、キャンプでの取り組みはすべての活動の土台になっているかもしれません。」
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