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  • 未来教育リポート
  • 2015.03.29

公立小学校での英語教育の可能性を拓く 府中市立第一小学校の取り組み

小学校で英語がいよいよ教科に格上げに

安倍政権が掲げる教育改革の3本の矢のうちの一つが、「英語教育改革 使える英語力の育成」です。

そして、昨年小学校からの英語の教科化に向けた報告書も提出されました。

そこで今回は、一足早く全学年で英語教育を実施し始めた公立小学校の取り組みをレポートをしたいと思います。

 

文部科学省は、初等中等教育段階からグローバル化に対応した教育環境づくりを進めるため「英語教育の在り方に関する有識者会議」を立ち上げて検討を重ね、昨年9月に「英語教育の改善・充実についての報告」がまとめられました。

そこには、東京五輪開催の2020(平成32)年に向けて小学校で英語を教科に格上げし、これまで行ってきた外国語活動を、中学年(3・4年生)に引き下げ、中学校から「英語で授業」を行うなどして「アジアの中でトップクラスの英語力を目指す」とあります。

これまでも小学校では高学年(5・6年生)で「外国語活動」として英語の学習が必修化されていますが、教科の扱いではなく、その内容やレベルも地域・学校によってかなりばらつきがあるのが現状です。
しかも、これまでの外国語活動では「コミュニケーション能力の素地を養う」のが主軸で、授業も「聞く・話す」が中心のため、アルファベットなどの文字や単語は「音声によるコミュニケーションを補助するもの」として、体系的には教えられていません。
そのため「中学校において音声から文字への移行が円滑に行われていない」(有識者会議の報告より)という状況が生まれているそうです。

しかし、教科に格上げとなればそれらも含めて全国で一定のレベルを担保する必要がでてきます。

今回の提言の一番の課題は、小学校の先生が英語を教えなくてはならないということです。

でも当然のことながら、小学校の先生が全員英語が得意とは限りません。

もちろんALT(外国語指導助手)は活用するとしても、その荷を負うのは現場の先生です。

しかし、そのための教員養成の道筋はほとんど示されていないのが現状です。

ですからこの提言を聞いた時点では、

「日本の公立小学校で英語教育を教科化するのは無理があるんじゃないなか」というのが私の率直な感想でした。

しかし、府中市立第一小学校の公開授業を見て、その懸念は払拭できるのではと感じました。

そこで今回は、その取り組みを紹介します。

 

 

多読を意識し、全学年で英語の授業を実施

府中市立第一小学校は、京王線府中駅から徒歩5分くらいのところにある創立141周年の伝統校です。

その学校で、2014年4月から、全学年で多読を取り入れた英語の授業を行なうプロジェクトが始動しました。

その旗振り役になったのが小島茂校長と明星中学高等学校の鬼丸晴美先生です。

小島校長は以前パリの日本人学校で勤務した経験があり、当時から、日本の子ども達に使える英語力を身につけさせる必要性を痛感していたそうです。

一方鬼丸先生は、同じく府中市にある私立明星中学高等学校の図書館司書教諭として2008年から英語の授業に多読多聴を導入。以来さまざまな工夫を重ねてノウハウを積み重ね、今では最新の多読多聴プログラムを構築しています。

その二人が出会ったことで、公立小学校への多読多聴プログラム導入の研究プロジェクトが立ち上がり、国や市の助成ではなく、2回の挑戦で「博報財団第9回児童教育実践についての研究助成事業」の認定を受けて実施されました。

しかも、この取り組みは、自主的な教育活動研究プロジェクトとして小学校の全教員が共同研究者に名を連ね、全校あげて行なわれていることが大きな特徴です。

具体的には、4月1日に助成金の交付を受けてから、多読用のリーダーや絵本を購入することから始まりました。

教材として揃えたのはネイティブの小学校で実際に使われている

『Oxford Big Feet』(Oxford University Press)や、まだ日本では使われていない『Early English』といった最新のデジタル教材やリーダー、絵本を中心におよそ3000册。CDプレイヤーやシャドーイング用のオリジナルスピーカーフォンなども揃えられました。

そしていよいよ、洋書の版元の担当者から解説を受けながらリーダーや多読の理解を深め、鬼丸先生やネイティブのティーチングトレーナーの指導を受けながら教員自身がリーダーを読んだりシャドーイングを体験しながら、一人5回は模擬授業を行なって、1から指導案を作って授業を設計。英語があまり得意でない教員でも自信をもって児童に英語の言語感覚を定着させる授業ができるようにしていきました。

さらっと書きましたが、小学校の先生は英語の専門教育は受けていません。

最初は戸惑いもあったそうですが、それでも生徒達を英語嫌いにさせたくないと、忙しい校務の間を縫って取り組んだのです。

これは先生方にとって、大変なチャレンジだったと思います。

しかし、前述の鬼丸先生は、英語の専門家ではない普通の小学校の先生が英語を教える意味について「外から専門家を呼んで週1回授業を行っても、生徒との信頼関係は作れません。小学校の教員はすべての授業を持ち生徒の様子をよく把握している。それが英語教育を成功させるためにも大事なのです」と言います。

そしてもう一つ、このプロジェクトを成功に導いたのが、デジタル教材でした。

 

電子黒板を活用して、ネイティブの発音を習得

取材をした授業では、2年生の子ども達が特別教室に集まり、「Hello How are you?」という先生の問いかけに、「I’m hungly」「I’m sleepy」などおのおの知っている言葉で答えていきます。その後、電子黒板に映し出される映像と音楽に合わせて、「Hello song」の歌を身体を揺らしながら歌います。

その後、電子黒板には絵本が映し出されます。

絵本のようにページをめくりながら文字に合わせて英語の音声が流れるのを一通り聞いた後、生徒達は先生の「What’s this?」という問いかけに英語で答えていました。

このデジタル教材にはオートプレイ機能やフォニックスなどが組み込まれていて、英語のセンテンスや単語の発音をくり返し聞くことができます。

生徒達の発音を聞いていても、とてもきれいでした。

1・2年生はgame や歌などをたくさん取り入れながら見た物と英語をつなげる体験をします。

3・4年生からは、先生とやりとりをしながら絵本を読む他に、一人一台CDプレーヤーを使って、音を聞きながら本を読むシャドーイングも行います。

 

この時に活用するのが手作りのスピーカーフォンです。(下記写真参照)

これは、鬼丸先生の手作り品で、原料は雨樋。明星中学でも使われているものです。

私も実際に使ったことがありますが、受話器のように口と耳にあててイヤホンでCD の音を聞きながら、耳にはいった英語をそのまましゃべるシャドーイングをすると、自分の声がよく聞こえるのです。

 

そして5・6年生は、ALTが授業に参加し、また多読多聴の時間を多くしていきます。

 

この取り組みはまだ1年に満たないのですが、それでも小学5・6年生の希望者が英検を受検したところ、4級5級に4/5が合格。

リスニングは80〜90%の正答率だったそうです。

また、文法を知らないと得点できない英作文でも、感覚的に英語を文章で捉えられていたとか。

これも、たくさんの本を言葉に出して読むことで表現力が培われて行くからではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

全家庭にe-booksを導入。家庭と連携することでさらに効果が倍増。

この研究プロジェクトでは、英語の授業のあるべき姿として、「英語の感覚を楽しむ態度」「英語を表現できる喜び」を育てることとして、英語の絵本による楽しい授業つくりがあげられています。

英語圏で実際に使われている絵本や教科書を使用し、読み・書き・シャドーイングをし、さらに絵本から学んだ表現を実際のコニュニケーションに活かすという一連の授業を設計することで、英語を教科学習としてではなく、コミュニケーションツールとして親しみを持たせながら、日本の学校でも自然体で英語を身につけることができるのです。

 

さらにこのプロジェクトでは、実際にアメリカの小学校の授業で導入されているe-books(Scholastic Inc)を家庭でも受信できるようにし、親子で英語に親しめるようにしています。

言語取得教育は、教材の質と継続力が教育効果に大きく貢献するため、家庭との協力関係があると大きな支えとなり、更なる効果が期待できるからです。

府中市立第一小学校では、毎年調布市にあるASIJ(Amerian School In Japan)の生徒達と交流していますが、今年度は生徒自ら必死になって英語のフレーズを暗記しようとしていたそうです。

一方、教員にとっても思わぬ効果が。

「日本の学校の先生は、生徒達のためと思うと本当に一生懸命に取り組みます。目の前でいきいきと楽しみながら英語を習得していく子ども達を見て、最初は積極的がなかった教員も自信をもって英語教育に取り組むようになり、教員自身のコミュニケーション能力もあがりました」と小島校長先生。

まだ1年に満たなくても、児童・教員それぞれにこれだけの成果が出ているこのプロジェクトに、これからの日本の学校教育における英語教育の可能性を感じました。

「600万円あれば、府中市全部の小学校にこのe-booksのシステムを導入できます。ALTを配置するより安くすむ。公教育で成功しなければ意味がないので、ぜひ多くの学校でこの研究成果を参考にしていただきたい」と鬼丸先生。

このプロジェクトを一つの試金石として、公教育での英語教育の可能性を拓いていってほしいと思いながら学校を後にしました。

 

 

  • ライター

中曽根陽子

教育ジャーナリスト 情報発信ネットワークワイワイネット代表     
教育雑誌から経済誌、新聞連載など幅広く執筆。学校現場や塾の取材、著名人インタビュー、書籍の執筆などを手がける傍ら、海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエイティブな力を育てる探求型の学びへのシフトを提唱して、未来教育会議の活動にも参加。講演活動やワークショップの他、これからの教育を考えるフューチャーセッションも行っている。子育て中の女性の視点を生かした切り口に定評があり、近著には『後悔しない中学受験』(晶文社出版)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、共著に『男の子を伸ばす父親の成功パターン55』(メイツ出版)などがある。新しい時代を創る子どもたちが思う存分、その力を発揮するために、母親自身が新しい時代をデザインする力を育てたいと、2014年、「Mother Quest ~learning platform for creative mothers」を立ち上げた。

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