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  • 未来教育リポート
  • 2015.08.10

(後編)Museum Startあいうえの「のびのびゆったりワークショップ」

東京都美術館は2012年に2年間の改修を経て再オープンし、それとともに隣接する東京藝術大学と連携し、新しいアート・コミュニティ形成事業「とびらプロジェクト」をスタートさせました。その兄弟企画で、子ども達のミュージアム・デビューを応援する「Museum Start あいうえの」の「のびのびゆったりワークショップ」を取材し、ファシリテーターを務める、白梅学園大学子ども学部発達臨床学科の杉山貴洋准教授にお話を伺いました。

インタビューの後編です。

しがらみを乗り越えて自分らしくなる

私は、普段、養成校の造形教育を担当しています。例えば、図画工作指導法という授業も担当していますが、学校教育では、国語、算数、理科、社会というように、教科ごとに分かれて学習をしていきますよね。もちろん分けて学習するメリットもありますが、実際の世の中は、そんなに割り切れるものばかりではないと思うのです。そして、細分化することで「できない子」を生み出している事実もあって、ワークショップが生まれてきた背景には、そういった枠組みに縛られない表現活動が求められていたのです。のびのびゆったりワークショップのとびラーさんのように、先生と生徒という関係でなくて、同じ体験をする伴走が、固定化された役割から一歩踏み込んだ広がりを生み出すのだと思います。とくに、アートには、ひとりひとりを大切にできる力があって、だから療育にも応用できるのだと思うのです。

以前、ドイツのハルトムート・ヴェーデキント博士と対談する機会があって、こんなエピソードをお聞きしました。

博士が、ある城の跡地で遊んでいる親子に話しかけた時のことです。枝や縄を使って、石を飛ばす遊びをしている子どものお父さんに「この子は、アインシュタインになるかもしれないよ」と話しかけたところ「でも、この子の算数の成績はすごく低いんです」と言われたそうなのです。博士は「ここに、ドイツの教育の問題の全てが集約されている」と話していました。大人は、遊びの中の学習と机の上の学習を、別物として捉えているのですね。既存の枠に縛られ、目の前にいる子どもの可能性を見過ごしてしまう傾向は、国が違ってもあるのかもしれませんね。

今、巷に「ワークショップ」という活動はたくさんあります。しかし、実際に参加してみると、従来の「絵画教室」や「工作教室」ということが多いようです。でも、ワークショップが誕生した経緯は、どのようなものだったのでしょうか。例えば、演劇のワークショップを例にあげると、フランスの「太陽劇団」では、脚本家と演じ手が、役割を分担していることに疑問をもつのですね。本当に自分は、自由に踊っているのだろうか。踊っているように見えて踊らされているのではないだろうか。なぜ、役者が脚本を作ってはいけないのだろうか。そういった疑問は連鎖していき、観客と演じ手の境界線をなくしたり、枠組みをなくしていくことで、表現の本質に近づけようとしたのですね。

しがらみを乗り越えて、自由になるというか、その人らしさに近づくというか。それは、表現者が主体的に振る舞うということだと思うのです。

そして、実験的で、定型に定まらない表現が、ワークショップと呼ばれたのです。そんな経緯もあって、ワークショップには、固定化されたものを捉えなおして、つなぎ合わせていく力があると考えていいのかもしれません。

記者のレポート 誰もが参加しやすくするための様々な工夫

◆子どもも、とびラーも全員、愛称が書かれた名札をつけ、声を掛け合いやすくしています。

◆毎回、とびラーさんが、シャボン玉遊びで出迎えます。慣れない場所に緊張する子どもでも一緒に遊びながら、アイスブレイクの時間が設定されています。毎回、一定のリズム(ルーティン)があると、子ども達は安心感を持ってワークショップに臨むことができます。

◆杉先生(ワークショップの場での、杉山先生の愛称)が、説明をするときは、「ちゅうもく↘」と書かれたパネルを持って、杉先生の顔に注目が集まるようにしています。とびラーも座ることで、状況理解を促します。「今は、話を聞く時間」ということを態度で伝えます。そして、杉先生は、ワークショップの予定を時計と合わせて説明します。その日の見通しを、最小限の言葉と視覚提示で伝えます。

◆急に場面が変化するとパニックになってしまう子には、気持ちの整理がつくように、数分前に「もうすぐ~をします」と予告をしたり「あと、5分です!」と声をかけたりします。

◆自分のペースで取り組み、かつ広がりのある表現ができるような工夫がなされています。創作の時間には、部屋の中央に、材料が並べてあり自由に選ぶことができます。

第4回目では、ビニールボールにマジックで描いたり、カラーテープを貼る制作をしました。絵のテーマ、素材も自由で、個々のできること、やりたいことができるようになっています。

言葉のリズムも、ワークショップのリソース(資源)に

先ほど、ワークショップでは、こぼれてしまったものをつなぎ合わせる力があるとお伝えしましたが「のびのびゆったりワークショップ」でも、リズム感というか活動のテンポを、大切にしています。

第5回の始まりには、導入に、杉先生クイズを出しました。制作が「マスキング・アート」で、紙にマスキングテープを貼って、絵の具を塗った後にテープを剥がすと、地の色が出てくるというものです。でも、それを説明ではなくて、ユーモアで伝えたくて。こんな感じです。

「杉先生クイズー! ジャジャン、マスキング・アートのマスクってなあに?」これは、三択問題で、子どもたちの声を引き出しました。「1番、マスクメロンのマスクー!あ、あのナミナミのことかな?」、「2番、サザエさんの旦那さん(マスオさん)! なんて名前だっけ?」、「3番、風邪のときに口を隠すマスク、今日○○さんがしている、アレかな??」という具合です。で、肝心の答えは、とびラーさんに預けて「正解はー?とびラーさんに聞いてみよう!」というオチです。そして、私の背中に「答えは3だよ」と書いた紙を貼ってウロウロします。これで、掴みはオッケーという具合です。

これは、字にしてしまうと面白くないと思うのですが、現場では、結構、受けたと思います。多分。(笑)

今日のテーマを、説明するのではなくて、グループの活動が深まるように、ちょっとした演出で、子どもととびラーさんの関係を後押ししたいと思っています。

ワークショップでは、参加者の外側にある情報を履修するのではなく、内側にあるもの、リソース(資源)を活かすことが求められるのですが、そう考えると、ただの説明も、ユーモアで提案したいと思うのです。クイズであれ、声掛けであれ、言葉の意味じゃなくて、リズムだと考えると、ワークショップ全体は、その場にいる人たちの声で構成される舞台のように見立てることができます。そこには、非言語の音楽が存在していて。雰囲気とか空気感とか。それが、ワークショップの特徴だと思います。

ワークショップの担い手一人一人のリソースを生かす

― 「のびのびゆったりワークショップ」では、子ども達1人に対して、1人以上のアート・コミュニケータ(愛称:とびラー)がつきました。とびラーさんには、子ども達への関わり方などを伝えたのですか?

 

ワークショップの前に、数回のレクチャーがあるのですが、障がいのある子どもに特化した関わり方を伝えたことはありません。それよりも、先入観を持たないこと、視点を変えて物事を捉えようとすること、相手を理解しようとすることが、実践につながるという話しはしました。障がいであってもなくても、子どもは子どもで、大人だって、必ず子ども時代があったはずで、皆さん自身の体験の中に、既に多くのヒントがあると思うからです。

そして、このレクチャーがある時は、まだ参加者が決まっていないので、一般的な架空の話をするのが苦手なのですね。子どもってこう、障がいってこう、と決めつけてしまうと、思考が止まってしまうと思うのです。それって、実践には邪魔ですよね。

そして、マンツーマンで伴走すると決めた以上、相性というか、組み合わせもあると思うのです。ということを考えると、とびラーさんの素養や、リソースを活かした方が絶対上手くいくと思うのです。関わり方や方法論って、その人に内在していて、自分がこうしてもらったら嬉しいなと思うことは、たいてい上手くいきます。逆に、押しつけられた方法論だと、上手くいかなかった時、修正が効かないものです。相手を理解しようとした関わりであれば、修正することもできると思うのです。

今回も、杉先生としてヘルプに入ったのは1度だけです。とびラーさんは、やさしくて行動力のある方が多くて。だから、とびラーさん自身のリソースを大切にしてほしいと考えています。それは、レクチャーのなかでも言ったりします。

 

ソーシャル・インクルージョンのメッセージ

―「のびのびゆったりワークショップ」は、東京都美術館で行われました。ワークショップを美術館で行う意義はどんなことだと思いますか?

 

美術館は、皆の場所なんだよっていうことかな。文化的というか精神的な居場所が、美術館にあったら素晴らしいことだと思います。どうしても、公共の施設は、マイノリティに上手く届かないことがあるのですが、東京都美術館は、それを払拭しようとしていると思います。普段、美術館に行きにくいと思われている方にも、特別のプログラムがあったりします。

人間って、本来、ひとりひとりが特別というか、スペシャルな存在で、アートや美術館だったら、そういったメッセージを伝えられるように思います。

のびのびゆったりワークショップに参加した子どもで、不登校だったけどワークショップには全回参加できたり。保健室登校だった子どもが元気になったり。自閉症の男の子の学校生活が安定したり。いろいろな嬉しいニュースがあるんです。

その理由は、子どもたちに寄り添って、真っ白な気持ちで伴走してくれるとびラーさんの存在だと思うのです。子どもたちは、美術館というか、とびラーさんに会いにきていて、とびラーさんを通じて、美術館を冒険していたのだと思います。

のびのびゆったりワークショップが、ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の実践事例として、社会に届けることができたら、私たちの可能性ってもっと広がるような気がしています。

 

(聞き手:鮫島圭代)