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  • 実行委員会の活動
  • 2018.03.30

「人一生の育ち」を考える ’教育×経済’ 対話 第六回「21世紀の小学校時代の育ちと可能性」

大阪市立大空小学校元校長 木村泰子氏

第6回のテーマは「21世紀の小学校時代の育ちと可能性」。人一生の中でも、小学校時代に焦点を当てた。ご登壇いただいた大阪市立大空小学校元校長木村泰子氏は、12年前に大阪市内に新しく設立された大空小学校の校長として着任し、どんな子供でも受け入れて、地域と共に学び合う学校を実現した。全校生徒約260人のうち50人ほどが発達障害、知的障害と診断された子供たちだが、創立時から皆同じクラスで学び合い、不登校の子供は1人もいない。ドキュメンタリー映画「みんなの学校」で全国に知られることとなった同校。そこには障害を持った人という発想・見方がそもそもない。だれかが作った価値観に染まることなく、自分で感じ、考えることで、多様な社会を生き抜く力を身につけてほしいという、切なる願いがあった。

周囲の価値観を最も吸収する6年間

大空小学校は今から12年前、大阪市内の300校目の公立小学校として誕生した。この地域は江戸時代から数百年にわたり部落差別が根強く残り、貧困家庭に育つ子供が多いという。市内でもこの地域以上にクレームのある地域はないだろうといわれる場所だった。そんな中で、どんな学校をつくるべきなのか。木村氏だけでなく、皆で考えたという。

 

「一人の子供も漏らすことなく、全員の学びの場を作らないといけないと思いました。大空小学校は260人ほどの生徒がいましたけど、259人が学校に来ていても、1人でも学校に来たくないという子供がいたら、その学校は大改革せなあかんと思うんです。その1人の子が吸えない空気があるから、学校に来られないんですから。社会のニーズに応えられるような場でなければ、いっそない方がいい。そう思いました。」

 

小学校の6年間、子供たちを取り巻く環境がどれほど大事なものか。木村氏は次のように語る。

 

「小学校の6年間というのは、言ってみれば幼児が中学生になるまでの6年間ですよね。この時期の教師1人の影響力、クラスの雰囲気がもたらす影響力って、とてつもなく大きい。教師1人の価値観が、その子たちの一生を作っていくといっても過言ではありません。子供たちはその柔らかい身体の中に、学校に漂う空気、価値観をどんどん吸っていくと思うんです。

 

例えば、今の学校では少しでも席から離れようとすると、椅子に座れ、学習規律を守れといわれ続ける。皆さんもイメージできると思います。叱られ続けた子は、力があれば学級崩壊を起こします。でも力がなければ学校に姿を見せなくなりますよね。そうやって、学校に合わない子を排除していく。排除された子の悲しみ、苦しさだけでなく、周りの子供には、そういう人は邪魔だ、排除すればいいという考えが浸透していくと思う。学校に来られなくなった1人の子供の不幸も大きいと同時に、周りの子が失っている力も計り知れないと思うんです。

 

また、重度の知的障害の子がいたときに「教室の中に一緒にいたら邪魔なんだ」という考えを6年間染み込ませていったら、大人になったときどうなるか。社会人になってから、重度の障害を持っている人と一緒に働くって当然のニーズなのに、水面下でそういう人を排除する心が育ってしまいますよね。本当は目の前の人とどう楽しく、仕事ができるかが、社会のニーズははずなのに。」

 

大空小学校では、障がいを持った子供たち向けの特別支援学級をあえて設けておらず、1クラスの中に、いろんな子が集い、お互い学び合う。そして、すべての先生がすべての子供を見守り、言うことを聞けというような指導もない。保護者のことは「サポーター」と呼び、我が子だけでなく学校に通う子供たち皆のサポートをしてもらう学校づくりをしている。地域の人も自由に学校に関わることができ「できるときに、できる人が、無理なく、楽しく」学校に関わることを目指しているという。

 

「大空小学校は、これまでの教育の考え方をすべて断捨離しました。そして学校はもともとあるものじゃない、つくるものなんだということを最初に共有しました。じゃあ誰がつくる?といったら、まず学びの主体は子供ですよね。1人残らず子供たちが学校に来れる状況をつくる。そして、地域の人を巻き込んで、お互いに育ち合うような環境をつくりたいと思いました。学校の教師、それも1人の担任のもとで1年間「おはよう」から「さようなら」まで、ずっと1人の大人の価値観を与えられ続けるような状況では、社会のニーズに適合できる力をつける学校現場なんて、絶対無理だと思ったんですね。」

 

大空小学校は、不登校の子供が1人も出ない学校になった。木村氏が退任し、校長が変わって3年が経った今でも、この現場は維持されているという。地域の子供たちだけでなく、義務教育から排除された子供たちが全国から転校してくるようになった。

子供たちの納得感が最重要

一体、大空小学校の中ではどんなやりとりがなされているのだろうか。象徴的なエピソードがある。

 

かつて大空小学校に通っていたYくんは、いわゆる貧困の家庭で育ち、病院で発達障害と診断されるなど、何重もの苦労を一手に引き受けているような存在だった。大空小学校では「インクルーシブ」「障害」という言葉は一切使わずに子供たちと接する。だが、本人にとっては、自分が障害を持っていると宣告された事実は絶対だ。そんな中で起きたYくんと木村氏の対話は、子供と大人の上下関係ではない、人と人との対等なやりとりに見える。

 

「あるとき、Yくんと他の子がドッジボールでアウトセーフを言い争っていたんです。子供たちが職員室に駆け込んで来て、Yくんが「先生、こいつはアウトっていうけど、こいつは障がいないねん、俺は障がいあるねん。障がいないやつが障がいあるやつに譲るのが当たり前やろ」といったんです。

 

相手の子は「先生、障がいってなに?」と聞いて来ました。本当にわからないからです。そして、私自身もわからなかった。そもそも、障害児なんていうカテゴリーはないと思っているからです。「私もわからん」そういうと、Yくんは「校長のくせに障がいもわからんのか、おまえくびや!」と言われてしまいました。

 

なるほど、納得だなと思いました。自分は先生だという立場でものを見ると、Yくんのような子は生意気で、邪魔な存在になるかもしれない。でもYくんの立場で考えたら?真っ当なことを言っていると思うんです。そんな中で私は、Yくんがどうしたら納得できるのか、どうしたらYくんと繋がることができるのか。それだけで必死でした。

 

このままだと、彼は困ったときに障害を振りかざす人になってしまう。そう思ったから「あんたな、なんで自分が障がいあるなんていうねん。人に聞く前に自分でまず障がいってなにか考えを述べたらどう?」と言いました。そしたらYくん、見事に答えました。「俺は大きな病院の先生に目の前で発達障害だ、だから今から役所にいって手帳をもらってきなさい。そう言われた。だからおれは障害児なんや。」理路整然と説明したんです。これだけ他者と対話できるこどもを、みなさんは障害のある子といいますか?

 

そんなこというお医者さんには私が話してやるという、Yくんとの約束を果たすため、後日、ケース会議を通じてYくんの担当ドクターに会いに行きました。そして「Yくんは障害児だとどうしても思えないんです。」と食い下がりました。ドクターには、最初は机を叩いて怒られましたが、やがて「ドクターとしてではなくて個人的な見解をいうなら」という前置きをした上で、おっしゃったんです。「彼は発達障害ではない」と。なぜそういう診断をしたか。この診断をした方が親が楽になるから、です。いわゆる、二次障害です。これが現実の教育現場で起こっていることです」

 

ちょっと言うことを聞かない子、普通じゃない子、社会の超画一的な規律の中にはまらない子が、どんどん二次障害という診断を受けて、社会から断絶されていく。子供たちの社会の中の育ちが、ズタズタと大人の都合で切り刻まれていく。全国にいる学校にいけない子の中には、こうして二次障害を受けて、次から次へと特別支援学級に送られている子が一定数いる。

 

「通級による指導制度というものができましたが、Yくんのような子供が障害児として排除されるなら、日本の未来って画一的な人間しか幸せになれない。そう思うんです。」

大人と子供ではなく、1人の人間として向き合う

子供たちの間に大人都合の分断を生まず、社会で必要となる力をどう育んでもらうか。大空小学校では、学力を「見える学力」と「見えない学力」に分けて考えたという。

 

「見える学力は、点数で測れる学力なんですね。先生って、これは得意なんです。目に見えるから。でも、子供たちが5年後、10年後世の中に出たときに、自分の力で生きて働くときに使えるのは、見えない力なんですね。そこで開校のときに、4つの力をみんなで決めました。

 

1つ目は、人を大切にする力。これは、とても大事な学力だと思いますね。

2つ目は、自分の考えを持つ力。最近大学の先生とお話すると、大学生が自分の意見をいわないって悩んでいるんです。でもね、小学校6年間で「自分の意見をいうと生きにくくなる」と全身でアクティブにラーニングした学生が、自分の意見を言うわけないじゃないですか。45分の授業の中でどれくらい自分で考える機会を持つか、先生が管理する授業じゃなくて、子供に開かれた授業が実践されているかが大事だと思うんです。

3つ目は、自分を表現する力。

そして4つ目は、チャレンジする力です。

 

今大空小学校は開校12年目ですが、毎年これよりも必要な力はないだろうかと、先生やサポーターの皆さんと真剣に考えています。その上で、開校時に決めた4つの力がいまだに大事な力として息づいているんです。」

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こうした4つの力を身につけていく子供たちに、先生側が何かを教わる場面は多いという。

 

「4月、新任の指導員の先生が、重度の知的障害を持つMちゃんの面倒をみていました。他の子供たちが静かに考えをノートにまとめる時間になったときに、Mちゃんがぱっと椅子から立って歩き始め、とても大きな声で「あー」って言いました。皆さんが指導員だったら、こんな時にどうされますか?私は教室の外から、こっそりその様子を見ていたんです。その新任の支援担当の先生は、Mちゃんのところに寄り添って、やさしく口に1本指を当ててにこやかに「しっ」と言いました。

 

その瞬間の子供たちの反応は「え?先生なんでしーって言うたん?」でした。

 

新任の先生は、その意味がわからない。だって、これまでの学校はこんな時「静かにしようね」というのが正しい指導だったんですから。でも、子供たちにとっても、先生がなぜそうしたのか本当にわからないんです。なぜなら大空小学校にはこれまでそういう先生がいなかったから、こういう性質をもったMちゃんと一緒にやっていくことが当たり前だったからなんですね。戸惑う指導員の先生に向かって、ひとりの子がハチの一刺しのように言いました。「先生、Mちゃんの声が騒音に聞こえたん?」。この教室には、Mちゃんの声が騒音に聞こえた子供はひとりもいません。指導員の先生は、顔色が能面のようになりました。

 

こういう場面に出くわすと、子供たちの成長をすごく感じます。大人からすると、Mちゃんが声を出したときに、しーといって静かになって「ああよかった」と思う子を育てたいのか、「なんでしーって言ったん?」という子供を育てたいのかということだと思います。

 

これだけではなくて、子供たちは6年間、Mちゃんと一緒にずっといるから、先生にはわからないことも教えてくれます。Mちゃんは、言葉で意志が伝えられない分、しんどくなってきたら周りに唾をつけるんです。だから唾が口の周りに溜まってきたら、しんどいサイン。「先生なにぼおっとしとんねん、Mちゃん困っとるやんっ」て子供が教えてくれます。すべての子供は大人が邪魔しなければ、本来、こういうことを感じる力があるんです。

 

大空小学校では、これまでの当たり前をがんばってがんばって断捨離して、ようやく新しい風土が根付いてきました。教える先生なんてこれからはいらん、人工知能に取られるよな、と思うんです。でも子供同士をつなぐこと、安心して学ぶ場をつくるのは人間だからこそできる。我々に指導力がなくても、子供らが自分で考えて動いて、トラブルがあるときだけサポートすればいいんです。子どたちが安心して学べれば、結果として見える学力もすごく伸びるのだと思います。」

 

尚、先ほどの新任支援担当の先生は、大空小学校では取り残されることはない。他の先生がよってたかって過去の自分はもっとひどかったんだと声を掛けてくれるからだ。こうした先生同士がオープンに語り合える安心安全の場が、子供の成長を支える土台になる。

 

「自分自身、大空小学校にいた9年間ですごく変わったと思います。学びの本質って、正解や知識をどれだけ機械のように吸収できるかとか、全国学力調査にどれくらい反映されるかではないんだって。子供たちに、はっと気づかされることばかりでした。

 

この子の幸せはこの子しか学ばれへん。自分のつまらんプライドとか、大人とか教師という看板を全部投げ捨て取り去って、一人の人間として子供に向き合おう。そう思えたら、先生という仕事ってとても楽しいんだなと思いますね。」

Q&A

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– 「みんなの学校」を学校で上映したものの、先生にはほとんど見てもらえませんでした。大空小学校は新しくできた学校だと思うのですが、すでに存在している学校を変えようと思ったら、どうしたらいいとお考えですか。

 

木村:答えは簡単です。子供の周りの1人の大人が、人に求めないで、まず自分が変わること。私立の学校だったら、校長に人事権があって、その人に要らんと言われたらいられなくなってしまうけれど、パブリックっていうのは税金で運営されているから、言い換えればどんなことをやってもいいんです。一般的なイメージは逆だと思うんですが、それは過去のイメージを引きずりすぎていると思います。地域の学校は誰のものやねんといったら、地域のものなんです。文科省のものでも、校長のものでもありません。

 

これだけ社会が多様化してきている中で、どう幸せになって生きていくのかという公教育の原点は、この6年間にあると思うんです。とても貧困家庭に生まれた子だって、この家庭に生まれたくて生まれたわけじゃない。この一人の子が幸せに生きていくことを保障すること、これがパブリックの役割です。

 

大空小学校は校則やマニュアルは作っていなくて、4つの力と1つの約束しかしていないシンプルな学校です。1つの約束というのは「自分がされて嫌なことは人にしない、言わない。」すべての人が学校という場で安心して学べるための、たった1つの約束です。これ以外は私たち教師側に能力がないから無理、だからこれだけやろうねと最初に決めました。

でもこれって、いざ自分のこととして振り返ってみると、案外できないもんなんです。人はこの約束を破ってしまうもんなんです。大事なのは、破ったときに、そこで待っているのは罰則でも先生の説教でもなくて、次同じことを繰り返さないために自分がどうやり直すかだということ。自分のためのやり直ししかないのだということをわかってもらうことだと思います。

 

– 大空小学校を成り立たせる上で、ポイントとなる部分はどこでしょうか。自分の子供がちょうど小学生で、校長先生が変わると同時にいろいろ変化したのですが、大空小学校では木村先生の退任後も、不登校の子も出ていないとお聞きしました。

 

木村:学校という場を、授業を、地域のみなさんに開くこと。そして主語を子供に変えることだと思います。保護者は、自分の子供が学ぶ学校を自分がつくるんです。校長が、先生が学校を作るという考えだから、校長や先生によって学校が変わるんです。授業の中で、先生たちに求めるというのは非常に時間がかかる。それは、先生を責めているのではないんです。先生が負わされているリスクって、とても大きいですし、今はブラック企業みたいになっているんです。大空小学校は、定時の17時になったら帰ろう、としていましたけどね。

 

校長が変わっても、理念が変わらなければ大事にしたいことは継続すると思います。今の校長も入学式の最初の挨拶で「みなさんは今日から、保護者という名前はシュレッダーにかけてください。保護者は家だけで十分。学校では260人の子供たちのサポーターです」といっています。親御さん宛てのお手紙も皆「サポーターのみなさんへ」と書きますし、子供たちもそう呼びます。学校に自由に出入りして関わることができますが、暗黙の条件として「自分の子供は見るな、触るな、聞くな」と言うんです。自分の子供を育てたいという思いは、その周りの子供を育てることで実現する。そうすることがサポーターの当然の仕事ですとお伝えします。

 

あとは、大空小学校は「一切文句は認めない学校です」と入学式に言い切ります。それは文句は落書きと一緒で、誰が発信元かもわからないし、未来につながらないから。それに、子供が、文句を言う子供に育ってはいけないからです。でも意見は、どんな意見でも歓迎です。どれだけ耳の痛いことでも「こういうことが困ってる、どうしたら変えられる?一緒に変えようや」というのは大事です。子供たちの前にいる大人が文句を意見に変える力をつける。これが未来の社会をつくることになる。そう思います。

 

 

– 大空小学校に全国から子供が集う。これはすごいことだと思うんですが、どうしてでしょうか。

 

木村:こちらとしては、全く宣伝とかをしているわけではないんです。ただ自然と集まってくる。他の地域から来た子も、引っ越してくれば同じ地域の子供として扱います。

これまでも50ほどの子供が他の学校から転校してきました。みんなにどうして大空小学校に来たかを聞くと、ほとんど同じ答えが帰ってくるんです。「だって、前の学校と大空と、空気がちがう」って。それまでの学校はどんな空気だった?と聞くと、子供たちは牢屋とか、刑務所、監獄みたいな言葉で語ります。そういうイメージなんですよね。じゃあ、大空小学校の空気はどんな空気?と聞いたら「え?大空?ふつう。」って答えが返って来ました(笑)。ものすごく納得しましたし、ほっとしましたよ。いい空気とか言われたら、その状態を保たなきゃならなくて苦しいじゃないですか。普通でよかった、と心底思いましたね。

 

一部の子しか守られへん学習規律をすべての子に守らせようとする、だからこそ監獄のようなイメージになるんだと思いますし、大きく断捨離せなあかん部分だと思います。260人子供がいたら、260通りの学習規律が必要なんです。その力がなかったら、学習規律なんてなくせばいいと思います。その意味でも、大空小学校では、1つの約束と4つの力という、シンプルな内容になっています。その時に、多様な集団があるからこの4つの力がつく。Mちゃんがいるから人を大切にする力がつくんです。大空小学校はインクルーシブな人と共に学ぼうとか、そういう発想・見方は一切ありません。とにかくこの4つの力をつけるための手段として、多様な集団があるんです。

 

 

– 最後に人一生の育ちにおいて、大事だと思うことは何でしょうか。

 

木村:常に正解のない問いを問い続ける、ということだと思います。人が幸せになるための正解はどこにもない。だからこそ、各々がそれを問い続けることが大事なのだと思います。

未来教育会議の所感

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木村元校長先生のお話の中で、印象に残ったのは「空気を吸う」というフレーズです。

「子供たちが幼児から中学生になるまでの6年間どんな空気を吸うか」

「ひとりでも学校に来られない子供がいるとしたら、その子が吸えない空気が学校にある」

ここに木村先生の考えが集約されていると感じました。

人間を、脳や筋肉、といったパーツでみるのではなく、環境に溶け込みながらも、同期している完全なる命としての存在への認知です。命は自然で、大いなる力を内包し、それは制御することも、操作することもむずかしい。子供とはまさにそのような存在ですよ、と教えてくれていると思いました。自然は奔放であり、予想不能でもあるけど、無秩序ではない。そんな完全なる自然の法則の現れとして、子供たちはそこに存在しているよ、と。だから子供たちの中に、必然も、道理も、理屈も実はある。大人の先入観や偏見がそれを邪魔する。

私たちは自然への敬意と信頼を取り戻す必要があるのではないでしょうか?そして、そのことは、学校だけではなく、企業や社会にも、あてはまるのではないでしょうか?成果にばかりこだわり、何かを排除して、そのくせいつも何かを心配して、苦悩しながら生きるよりも、すでにあるものの大切さに気づき、可能性を見出し、与え合って生きる方が人は何倍も幸せになれる、そんなメッセージを感じました。人間が100歳まで生きる時代、生涯学び続け、自分自身を更新し続けて生きることを宿命づけられた私たちの根底となる世界観を築く上で、非常に大切な考え方だと思いました。

未来教育会議実行委員会 宮地勘司

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