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  • 実行委員会の活動
  • 2018.03.13

「人一生の育ち」を考える ’教育×経済’ 対話 第四回「21世紀スキルと働き方」

千代田区立麹町中学校校長・工藤勇一氏 × 東京大学大学院経済学研究科教授・柳川範之氏

第4回のテーマは「21世紀のスキルと働き方」。これからの時代を生きていく上で必要なスキルとは何か、それを今の時代の教育にどう反映させていくかがテーマとなった。1人目は、公立ながらユニークな改革を進めていることで有名な、千代田区立麹町中学校校長の工藤勇一氏。「今の日本社会の問題は学校教育にある」という問題意識を持ち、「1つ1つの取り組みの目的は何か」を問う改革で成功を収めている。麹町中の学校経営や、社会に出ても役立つスキルを子どもたちにどう身につけさせているのかを伺った。そして2人目、東京大学大学院で教鞭をとる柳川範之氏は、経済学が専門だがAIやフィンテックの分野に大変詳しく、働き方改革にも携わっている。激しい変化を伴う世の中で、働き方はどう変化していくのかを伺った。

ダメ組織と同じことが、教育現場で起こっている

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麹町中学校校長の工藤氏は、着任して4年目。その前は都内の教育委員会に在籍しており、民間企業での経験はない。麹町中学校は、公立中学校にもかかわらず、かつては私立開成中学校よりも進学校だった時代もあったものの、現在は地元の子が通ういわゆる普通の公立学校だ。だが、以下の3つのポイントに焦点を当て、公立中学校とは思えないほどの改革を実行してきたことにより、大きな成果が上がっている。

 

・目的と手段を見つめ直す

・目標に優先順位をつける

・スクラップ&ビルドはスクラップに意味がある

 

例えば、教員が取り組むべきことに関する整理もその1つ。大事な子どもたちを預かっている責任ある仕事であり、近年は加重労働になりがちという話題も多い。

 

「そこで、この学校に来た時に教師に『この学校の課題って何だと思いますか』という問いかけをして、学校経営における課題をリストアップしてもらいました。運営や施設に関することなどその数、約3年間で500。課題に感じていることを挙げてもらって、優先順位の高いものから解決法を考え、実行していきました。約3年間で500のうち、350は解決しています。今年度のものを加えれば、課題に挙げた項目数は約600程度にはなっているでしょうし、そのうち450項目程度は解決したと思います」

 

もちろん、子どもたちにおいても改革の成果は出ている。麹町中学校でこの3年間を過ごした前後で生徒にアンケートをとると、如実に変化している項目があるという。

 

「一番変化しているのは『ものごとを最後までやり遂げてうれしかったことがある』という項目です。それを、はい、と答えられる人を増やしたいと思ってきたのですが、僕がきた年は6割に満たなかったものが、3年間で8割にまで上がっています。『また難しいことでも、失敗を恐れないで挑戦している』という項目は、平成26年は2割を切っていたものが、今は4割近くまで上がっています。将来的には8割近くになるような学校にしたいと思っています。」

 

こうした結果が出ている背景には、目的と手段を徹底的に見つめ直したことがあった、と工藤氏は語る。

 

「僕は真面目に、今の日本社会の問題は学校教育に責任があると思っているんです。例えば停滞する経済や低い労働生産性。生じた課題や問題を組織や誰かのせいにしたり、都合の良い理想を描き、勝手に不幸になっている状態。それは何が原因かというと『手段が目的化していること』だと思うんです。ある目的を達成する為に手段があるのに、それが逆転している。とくに学校はそれが顕著ですね。

 

例えば学習指導要領を見たときに、文部科学省は自律した生徒を育成したいといっている。その手段として、基礎学力を身につけさせる、とあります。でも、基礎学力を身につけさせるための手段は何かというと『つまずいたところを繰り返させる』とあるんです。自律した生徒を育むために、つまずいたところを繰り返させるというのは、おかしくはないでしょうか。繰り返させられた生徒は自律できなくなるんじゃないですかね。「繰り返させる」ことが大事ではなくて、「わからない」ものを「わかる」ようにするために自分の意志で「繰り返せる」ようになることが大事なはずですよね。」

 

手段が目的化している例は、他にも枚挙にいとまがない。

 

「宿題の出し方についても、一つ典型的な例があります。生徒に20の問題を宿題として出したところ、ある生徒は2問間違えたとします。勉強の目的は、本来であれば間違えた2問ができるようにすることですよね。でも実際は、教員は成績をつけるために宿題を出しているため、ほとんどの生徒は間違ったところの原因を見つめて学び直すことなく、わかるところだけやって提出することになる。わからないところはそのままなのだから、結局、時間ばかり費やして、まったく実力がアップしないということになるんです。」

 

麹町中学校も、4年前は手段が目的化している学校だったという。これを変革するために工藤氏は、教育目標よりも上位の、最上位目標というものを置いた。その下に紐づく手段も、徹底的に目的を意識した内容となっているのだ。

 

「最上位の目標は、学校という場所で『世の中ってまんざらでもない!結構大人って素敵だ!』と子どもたちに思ってもらうこと、感じてもらうことなんです。社会に出たい、社会で活かされたい、学びたいと思うきっかけを与えられるような場にしたい。

 

その下にある教育目標も、自律・貢献・創造というものに変えました。自律としたのは、子どもが自分の力で生きてほしいと思ったからです。そして保護者の方とは、自律というのは自分でPDCAを回せる人になることですよね、というところまでコンセンサスを取っています。

 

自律して生きる力を育てるために、その後の人生で「繰り返し実現できる力」を学校で身につけさせることを大事にしています。例えば、企業の人ならおなじみであろう、情報収集や調査取材、レポートへのまとめ。企画をして上司に持って行く、企画を実行するために人を巻き込む。こうしたことを少しでも学校で経験して、その後の人生で繰り返せるようにしています。」

 

目指す生徒像についても、麹町中ではOECDが2003年に示したコンピテンシーに基づいて決めているという。

 

<OECDのコンピテンシー>

・異質な集団で交流する(世界の中で共同する)

・自律的に活動する(計画をして実行する、自分の権利を表明する、感情をコントロールするなど)

・相互作用的に道具を用いる(言語、情報、リテラシーなど)

 

「このコンピテンシーは、知育・徳育・体育を基盤とする日本的な教育の目的とはだいぶ異なります。特に「異質な集団で交流する」、という項目を見ていて思うのが、日本の教育改革を最も妨げているものは、ある意味「心の教育」かもしれないということです。もちろん日本的で非常に良いものだと思いますが、残念ながら現実は心の教育を進めること自体が目的になってしまっているように感じます。グローバルな世界で仕事をすれば、文化や宗教、価値観の異なる人たちと、協働していく力が求められることになる。心は違っていいわけです。例えば「誰かを嫌いになってはいけない」「差別する心がいけないよね」と日本の教育では教えられている傾向がある。でも本当は、差別をする心は誰にでもあるかもしれないけど、差別する行為はダメだと教えることが大事だと思うのです。自らの心、価値観はなかなか変えられるものではないかもしれませんが、感情をコントロールし、行動を変えることはできる。異なる価値観の人たちと協働していくためには、その術を身につけていくことが大事だということですよね。」

スライド_麹中の目指す生徒像

「残念ながら、教員も上記のような内容に基づいて育っているわけではありません。どちらかというとガッツで乗り越えろ、大変なことも皆で心を一つにすれば実現できる、というような環境で育ってきている。でもこれでは、社会で再現できるスキルを身につけているとは到底言えないと思います。麹中では、経験を通して学んだスキルを社会で繰り返し実現できるよう、生徒が目指す生徒像を用いて、言語化できるよう、生徒だけでなく教員も徹底的に考え続ける機会を設けています。」

麹町中学の実践内容

麹町中学校では『麹中メソッド』と称し、社会で再現性のあるスキルと社会へ出るモチベーションを身につける仕組みを作っている。数あるメソッドの1つとして工藤氏があげたのが、個の学び方だ。物事を考えるためのフレームワークを、1年生の最初に教えているという。

 

「麹中は、ノートの取り方、手帳の使い方を教える学校です。授業のノートについては『頭がいい人はなぜ、方眼ノートを使うのか?(かんき出版)』の著者でもある高橋政史さんをお招きして、A4の方眼ノートのフレームを各教科の教員と1年間研究して作りました。ただ単に言われたことをノートにとるだけではなく、ノート見開き1ページを1時間の講義録にして、左側を板書、右側には自分の気づきや疑問を書く、最後に授業の要約を3点にまとめる。自分の頭で考えるためのフレームです。そうすると、例えば正直、麹町中学校にもつまらない授業をする先生はいるんですが、生徒はこのフレームに沿ってオリジナルの参考書を作ったりして、自分で学びを獲得していくんです。

 

こうして、「書く・見返すを繰り返す→自分の意思で見返すようになる→見返すことを意識して書く」という、自分だけの自律した行動スタイルを作るきっかけになればと思っています。」

 

また、協働の学びについても意識させる機会が多い。キーワードは「対立を経験させる」ことだ。

 

「みんな違ってみんないい、とよく言いますが、教員は実は根本はわかっていません。違っていいといいながら、心を一つにしましょう、とよくいいますよね。でも、実際世の中では心は一つになりませんし、対立が起こります。社会に出てから通用するスキルは、対立を起こさないことではなく、対立が起きた時にそれを受け止め、コントロールできる力ですよね。

 

麹中では2年次に、スキルアップ合宿で対立を経験してもらいつつ、乗り越えるための思考ツール、表現ツールを教えています。例えば今年の合宿についていうと、表のねらいは「2020年、東京オリンピック後のハッピープロジェクトを提案せよ」でしたが、裏テーマは「対立を解決し、一人ではできない創造をしよう」というもの。ミッションを果たすために、ブレインストーミングやマインドマップ、マンダラートやKJ法などを教え、企画からプレゼンまでを経験させています。ここでは思い切り対立しろ、という話をしていますね。」

 

麹町中のカリキュラムは実にオリジナリティに溢れている。

 

「1年生に入ってすぐ、ノート講座と手帳講座を行なった後、チームビルディングの合宿に行きます。2年生になるとクエストエデュケーション(未来教育会議実行委員会にも所属している教育と探求社が学校に授業として提供している探求型の教育カリキュラム)やスキルアップ合宿で対立も経験してもらいます。3年生の修学旅行では、ただ単に旅行に行くのではなく、JTBに旅行プランを企画して提案する、そのための取材という目的で行きます。これはJTBに最後プレゼンをする予定です。

このカリキュラムをつくるのには時間を要しましたが、テストを減らし、期間を確保する代わりに思い切り各活動にのめり込めるようにしてもらっています。来年は、定期テスト自体を全廃する予定です。」

 

他にも、麹中メソッドには社会で通用するスキルを身につけられる場がたくさんある。目的は何か、手段はなにか。一見シンプルでありながら、問い続けている人は決して多くない中、麹町中学校の取り組みは注目に値する。

手段の目的化は、教育現場も社会も同じ

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続いては、もともとは経済理論が専門で、最近働き方改革やAIなどホットな話題に対して研究分野からアプローチをしている東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之氏の話。工藤氏の話から、手段が目的化することは、学校以外にも往々にしてあると柳川氏は話す。

 

「今、国で働き方改革を一生懸命やっていますが、長時間労働を規制することは手段なのに、規制すること自体が目的化していたりしますよね。もっと働きたいと思っている人もいるのに、働けない状況を作っている。これが目的か、ということを常に問うて、実現していく姿勢はとても大事だと感じました。」

 

柳川氏は、大学での学びについても同様のことを感じるという。現在東京大学で教鞭をとっていて、学生が抱えている悩みに驚くことが多いそうだ。

 

「駒場キャンパスの学生に聞いてみると、ほとんどの学生が『自分が何をしたいのかがわからない』と悩んでいるんです。そういうことは大学に入るまでに考えてこなかったの?と問いかけると、そういうことは大学に入ってから考えるものだ、とにかくお前の偏差値でいけるところはここだから頑張れ、と言われて東京大学まできているといいます。せっかく理科三類に入ってきているのに、実は医学に全く興味がない、という学生は結構いるんです。これも手段と目的が逆転している1つの事例だと思いますね。」

 

柳川氏は、工藤氏の話でポイントとなる点がいくつかあったという。

 

「1つ目は、生徒に自己肯定感を育んでいること。学校が進学率を追っているのではなく、自分のやりたいことをやれるようにしていることが大きいと思います。そして自律性を打ち出していること。これはこれから一生学び続けて、働き、都度選択をしなければならない世の中で、決定的に大事なことだと思います。どうやって、何をもって働く場所を決めるのか、決めるのは結局自分ですから。」

 

実は柳川氏は、中学卒業後は学校に行っていないという経歴の持ち主だ。日本の学校のように、親切に提供される教科書や教育環境のない中で学ぶ時期もあったというが、ある種の不便さが、逆に今の研究者としての生き方に役立っていると話す。

 

「父親の都合で約4年間ブラジルで自主学習という名ののんびりした生活を送った後、シンガポールに行く機会があり、そこでは慶応の通信を受けていた。ここが面白いのは、入るのはほぼフリーパスなんですが、その代わり卒業がとても大変だったということです。そしてこの通信教育のよさは、テキストが不親切すぎることでした。ネットもない時代に、ポイントのまとめもない教科書だけで「レポートかけ」「筆記試験を受けろ」と言われたりするわけです。今から考えると、そんな中自分で苦労して調べて勉強したことが、ある意味で今の研究者としての基礎につながったと思います。無味乾燥なものを読み解いていく力というのが身についたと思いますね。これからの生き方を考えていくと、ある意味でこのような力は求められていくと思います。」

柳川氏が考える、これからの働き方

柳川氏からみて、これからの時代の働き方はどのように変化していくのだろうか。日本の大きな課題の一つは、文化の多様性の中で、まったく違う文化の人とどうコミュニケーションをとるのかということだという。

 

「今年一番印象に残った出張が、中国の深圳への出張です。深圳は大変な発展を遂げているのですが、注目すべきは、深圳がものづくりのスタートアップの世界的中心になりつつあるということ。秋葉原のように、例えばドローンのパーツとか、あらゆるものの機械のパーツの集まった場所があります。その横にコワーキングスペースがあって、スタートアップ系の人たちがアイディアを実用化しようとしている。そしてここに今、シリコンバレーのベンチャーキャピタルが相当入り込んでいて、スタートアップを支援しているんです。お金もシリコンバレーから入ってきていますし、人も世界各国から集まっています。

 

ところが大変なことに、ここには日本人の姿はありません。これはまずいことです。深圳でつくったものはシリコンバレーで買い上げられ、それを日系企業がもっと高い値段で買うわけですよね。本当の開発のスタートは日本でもシリコンバレーでもなく、実は深圳で起こっているにも関わらず、開発の源泉に関わっていない。そこに行かない理由もわかります。イギリス人やアメリカ人、中国人がものづくりに対してものすごい勢いで取り組んでいる中、日本人はおそらくそういう多様な文化内でのコミュニケーションを取るのが比較的苦手です。でもこれを乗り越えていかないと、日本の働き方の大きな未来はないと感じます。」

 

これからの働き方について、起こっていくことのポイントは3つあるという。

 

「1つは、時間と空間に縛られない働き方ができるようなっているということ。テレワークとかにも言われていることだと思いますが、わざわざオフィスに同じ時間にいなくて働くことはできるのではないかということ。これは国内に限った話ではなくて、様々な国の仕事をやるくらいの規模感で考えた方がいいと思います。さまざまな地域に所属することが多層的に可能になる。ここから生まれるビジネスチャンスもあると思います。

2番目は、スキルのフロー化。必要とされるスキルがどんどん変わって、(スキルの)陳腐化のスピードが早くなるということです。スキルというと、死ぬまで使えるストックのイメージがあるかと思いますが、残念ながらこれからフローになります。食事をするかのように、必要なスキルを常にバージョンアップしなければならない。

3つ目は、企業がプロジェクト化するということ。つまり、企業の永続性がなくなるということです。これからの働き方は1つ1つの会社にいるということではなくなるわけですね。

 

こうなると、多層的な組織に所属することができます。今流の言い方である兼業、複業という概念を超えて、日本の中で複数の国の組織で同時に働くことができる。それも深圳の例のように、多文化・多国籍化された中で働くことになると思います。それと、会社は所属するものではなくて、自分が立ち上げる。極端にいうと1人1社の時代という傾向が強くなると思います。」

 

このような時代に必要なスキルとは、どのようなものだろうか。

 

「まずは自律性。自分で学習していく力が圧倒的に必要だと思います。そのためにはまず、基本的は「読解力」、読めるという力が必要だと思います。といっても、日本の国語で比重の大きい、情緒的な読解力だけではありません。ロジカルなものを読んで学習していく力が大事だと思います。

 

2番目はコミュニケーション能力。特にこれからは相当数、異文化の人を束ねてチームを牽引することになると思います。日本の企業の人は、コミュ二ケーション能力というものをよく誤解していますが、ここでいうコミュニケーション能力は上司を忖度できる力ではありません。これから必要となるのはまさに、「対立を経験し、それを乗り越える力」なんです。よく、異文化の人とわかり合うためにはどうしたらいいですか?という話が出ますが、分かり合えるという前提が間違っている。むしろ相手のことは完璧にはわからない、というところからまず出発しないといけないと思います。

 

他にも、理系と文系の融合や新しいものを結びつける能力、情報を整理する能力。学校でも暗記中心に能力を試されるところから脱却していく必要がありますよね。それから抽象的な構造を理解する力、論理的思考能力、抽象化して類似点をみつけ、新しい結びつきを探し出すことも必要でしょう。」

 

こうしたスキルは意識すれば身につけられる部分もある。だが、柳川氏が最後に最も大事だと感じるのは、その人の好奇心だという。

 

「僕は、最後の最後は好奇心を維持・拡大できるかが鍵なんじゃないかと思います。学ぶことについても、好奇心がなくなったら学びきれない。何に関心があるのかわからないと先に進めないんですよね。なので小学校のときから、小さなころから好奇心の芽はみんな持っていると思うんですけど、それを周りがきちんと育ててあげることが大事だと思いますね。」

Q&A

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– 学校教育においては”評価”が議題に上ることが多いと思いますが、工藤先生は生徒の学力評価についてどのような考えをお持ちでしょうか。

 

工藤:理想としては、今のような評価制度はない方がいいと思っていますが、いきなり言っても現実的ではないので、現実的なニーズと折り合いがつくようにはしています。例えば定期試験をなくしている代わりに、学力テストは年5回実施したりしていて、受験に勝つための学力が身についているかどうかは、常に保護者がわかるようにしています。実際いろいろ改革は進めていますが、基本的には保護者の方との大きな対立はないんです。理想だけ掲げて現実が伴っていなかったら誰も応援してくれませんよね。今の世の中を否定することなく改革を進めていくことが大事です。例えば、通知表に先ほどの8つの項目(麹中の目指す生徒像)を入れていますが、結果として掲げている上位目標のコンセンサスを知らず知らず得ていくような取組みをしています。

 

– 今柳川先生が取り組まれている働き方改革について、プロセスがうまくいっていない部分もあると感じられていると思うのですが、なぜうまくいっていないと思いますか。

 

柳川:今感じているのは、大きな改革をするのはそもそも困難を伴うということです。軋轢、猛反対する人もいると、政治的に妥協を図らなければいけないこともあります。比較的大きな反対が出にくいことをやることになる。そうすると本来行きたい方向からずれてきてしまうのだと思います。学者、研究者ができることは、粘り強く行くべき方向を示し続けることだと思っています。

 

– 工藤校長の変革にあたっては、先生などから軋轢もあったのではないかと思うが、具体的にはそれにどう応対したのでしょうか。

 

工藤:冒頭にお伝えもした通り、改革を進めるにあたってはそれぞれのニーズに応えながら同時に進めていくことが大切です。多忙な教員に対しては初めの段階で公務を軽減しているんですね。また、僕がこの学校に来たばかりのときは、特に僕に対する信頼もなかったけれど、教員の主体性を高め、組織としてのボトムアップを行うため、とにかく改善したいことを教職員から集めてエクセルで一覧にして全員に配布しました。その結果、例えば朝の打ち合わせで5分10分かけていたものを1分に収めるようにしたり、以前は月2回、各1時間以上かけていた職員会議も、今は月に1回30分だけにしたりしています。そうしたことを積み重ねたこともあり、大きな軋轢はそこまで感じていません。現在では、改善は上の人がやってくれるという感覚ではなくて、自分たちが主体的に取り組むものだという意識は出て来ていると思いますよ。

 

柳川:教育については、大きな方向性を皆で共有できることが大きいと思います。麹中の話で言えば、校長のプレゼンスが大きいと思うんですよ。今日の工藤校長の話を聞いて、だれも「やめたほうがいいよ」という人はいないわけじゃないですか。それはターゲットと手段が明確だからだと思いますよ。

 

– 今日の話の中で、子どもたちだけでなく、大人も自律性など身につけるべきことがたくさんあったと思うが、どうやったら身につくと思いますか。

 

工藤:先ほどお話した8つの力については、私たち大人からは、子供が身につけている瞬間が実はわからないんです。自分が経験していないからですね。学校に限らず、人材育成できない原因はそこにあるような気がしますね。でも言語化できるものを見せて、具体例を見せていくと、教員も少しずつできるようになる。あとは僕自身、言語化されているわけではなかったことを、子どもに逆に教わることもあったんですね。我々大人もそういう風に逆に教わる、という姿勢を持てると変わってくるかもしれないです。その意味では、学校という場にいる大人は、本当は学びのチャンスが多いのかもしれないです。

 

– 目標を決めるというプロセス、上位目標を決めるというのは大変なことだと思いますが、どういうプロセスでここまで来たのでしょうか。

 

工藤:それは最初に、僕が発していくことから始まりますね。でもだんだん僕と同じような言葉で語れる人は増えてきている。正直、変わる人と変わらない人がいますし、こうして改革改革といってはいますが、現場の教員1人1人まで行き届いているかというと、まだまだな部分も多いと思います。

 

– 柳川先生は大人になってからでも自律性を身につけられると思いますか。

 

柳川:僕は身につけられると思いますね。ただ、目的と手段を考えたときに、どうしても手段の方を考える癖がついてしまっているんですよね。そして、答えを周りに求めがちなんですね。でも答えがないことの方が多い。答えがないということを知って、自分で考えて悩む。そのプロセスが大事だと思います。手段にすぐ飛びつくのではなくて、自分なりの問いは何かというところから、立ち止まって時間をかけて考えた方がいいと思いますね。

 

– 工藤校長のような存在がいると、周りの教員もある種偶発的に気付けたりすると思うのですが、そういう機会がないと大人が自律性を身につける、身についていないことに気づくのは難しいと思います。例えば、大学はそういう場になっていった方がいいと思うのですが、柳川先生はどうお考えですか。

 

柳川:そうですね、本来大学はそのような場であるべきだと思います。僕は卒業していく学生に、大学は皆さんをいつでも待っている、という話をするんですが、何か悩んだり立ち止まった時には、僕に相談にくるのでもいいし、なんらかの形で大学を利用してほしいと思っていますね。例えばMBAコースに入ってくる人なんかは、大抵ビジネスを一度経験している人が多いですが、各々の多様な経験をぶつけていく、そのことに意味があると思っています。それは普通に大学に入ってくる学生でもこうした場を作れたらと思っています。

 

– 個人的にオンラインの大学も含めて大学をとらえているのですが、大学のあり方の変化について、柳川先生はどうお考えでしょうか。

 

柳川:大学のあり方はこれからも変わっていくと思います。基本大教室での授業はオンラインになると思います。実際予備校はそうなっていますよね。そこで空いたリソースを、こうしたディスカッションに使う。それはオンラインだとまだまだ難しいのではないかと思いますし、会って対話することに意味を感じる人が多いですね。

 

もう1つ、オンラインでどこまで単位を取らせるかという話は世界中でしていて、MITでは世界中に無料で授業を開講する。そこでいい点を取った、世界中の優秀な人を入学者として迎え入れる、なんていう構想もあるようです。日本でこういう話をすると替え玉受験などという話も出ますが、アメリカなどではいざ入学してもついていけませんし、卒業が大変なんです。だから全く問題にはなりません。

 

あとはこれから必要な能力として、新しいものを結びつけていくことやクリエイティビティの能力だと話をしましたが。クリエイティビティの身につけ方として、目標を明確にして、手段を具体的に考えさせる、というのが1つ大事ではないかと思いますね。

 

– 最後に、人一生の育ちを考える上で、一番大切だと思うことはなんでしょうか。

 

柳川:好奇心だと思いますね。いろんな意味での好奇心。人間が成長するってどういうことかというと、好奇心をもってやっていくということだと思うんですね。ずっとそれを持っている人は学び続けられると思います。

 

工藤:自分の人生を肯定できることではないでしょうか。そういう子供を育てること。そのために世の中や現実を否定しないということ。世の中矛盾だらけだけど、その中で人と社会と結びついた学びであることが求められていると思います。

未来教育会議の所感

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「手段の目的化」ということが様々な領域での変革や組織のあるべき運営を難しくしているということを改めて感じた。それが教育の現場や人材育成の現場においては、人の可能性を伸ばすことやそれをサポートすることを妨げているということはやはり大きな問題だろう。ではそれぞれの場面における「目的」とは何なのだろうか。どのように設定されるべきことなのだろうか。麹町中学校には工藤校長が、働き方改革においては柳川先生がいるが、必ずしもすべての組織にそういった方がいらっしゃるわけではないだろう。しかし目の前の子どもの育ちのサポートを考えたときには、全ての場面で、「手段が目的化されていないか」に自覚的である必要がある。お二人のような実践に学びつつ、一人ひとりの意識を変えていくということがやはり重要なのだろう。

 

未来教育会議実行委員会 福島創太