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  • 実行委員会の活動
  • 2016.03.15

幸せの国デンマーク×日本 「21世紀型教育」を語り合う|ブリット先生来日記念トークセッション

2015年10月19日(月)、デンマークの教員養成専門大学University College Zealand(UCSJ)のブリット・デュ・ティメンスマ准教授の来日を記念して、トークセッションを開催。デンマークと日本の教育関係者が21世紀型の教育実践について、語り合う場となりました。

 

デンマークは、「世界幸福度ランキング」で例年上位をキープする国。教育により国の基盤を支えています。未来教育会議も、未来を探求する「スタディツアー」の一環で法人パートナー、有志の個人とともに、2014年、2015年と同国へ訪れています。

 

今回のトークセッションでは、デンマークからブリット先生、Aarhus University 大学院生のカースティン ローゼンクランツ グランさんが、日本から株式会社Laere共同代表の大本綾さん、都立両国高等学校・附属中学校教諭の山本崇雄先生、組織開発支援コンサルタントの土屋恵子さんが登壇されました。来場者は、約50名の教師、学校関係者、教育委員会。みんなで未来の教育について語り合いました。

◆なぜ、留学先にデンマークを選んだのか

大本綾さん(株式会社Laere 共同代表)

 

――社会人になってからデンマークに留学した大本綾さん。デンマークのビジネスデザインスクール「カオスパイロット」の特色ある教育について教えてくださいました。

 

大本さん:わたしは、デンマークのビジネスデザインスクール「カオスパイロット」に留学していました。もともと、広告代理店に営業として勤めていて、さまざまなクリエイターと仕事をするなかで、次々とアイデアを生み出す彼らに憧れていたのです。一方で、マネージメント寄りの仕事をしていた自分は、アイデアがしぼんでいっているような気がして、コンプレックスを抱いていました。「どうすれば人はもっとクリエイティブになれるんだろう」「クリエイティビティとは才能なのか、それともだれでも得られるものなのか」と。

 

東日本大震災を経て、人生の儚さを感じたわたしは、「デザイン思考」というメソッドを勉強できる学校を探しました。その最適な場所として出会ったのが、「カオスパイロット」だったのです。ここは、デザインもビジネスも両方学べる学校で、「混沌のようなカオスでも、パイロットのようにナビゲートできる人材を育てる」を意味します。本当に毎日“カオス”な日々……。まず、はじめて会う人たちと自分の価値観を発表し合い、チームの価値観を決める、といった課題をこなします。わたしは、早々に「アイデンティティ・クライシス」に陥りました。そんなことを繰り返しながら、リーダーシップやクリエイティビティを学んでいったのです。

 

この学校には、ユニークな教育がたくさんあります。5つ挙げるとしたら、「コミュニティを養成する受験プロセス」「ピアラーニング」「理論と実践と内省」「海外移住型学習」「余白のある教育」です。「コミュニティを養成する受験プロセス」とは、数字を問わない受験プロセスのこと。数字よりも、その人がどれだけ情熱をもち、行動したか、というところのほうに重点が置かれます。また、在学生が受験生の試験官を担い、入学後の面倒も見ます。これが「ピアラーニング」です。「理論と実践と内省」というのは、学習プログラムのこと。実践的に勉強し、失敗したら「なぜ失敗したのか」を対話します。また、学校自体が国内だけでなく、海外へ移住して学ばせるスタイルを「海外移住型学習」といいます。「余白のある教育」とは、これまでのグループワークを振り返ったり、学びのプロセスをつくったりできる余白の一日をつくる取り組みのこと。こういった学びを経て、卒業生の38%くらいが起業し、いまも活躍しています。

◆デンマークの概要とクリエイティブ教育

カースティン ローゼンクランツ グランさん(Aarhus University 大学院2年生)

 

――デンマークの大学院でアニメーションとグラフィック、映像を学ぶカースティンさん。デンマークという国の基本情報と学校教育について紹介してくださいました。

 

カースティンさん:本日は、デンマークについて話します。デンマークは、約500万人の人が住む小さな国。面積は4万3,000平方キロメートルほどで、日本でいうと九州より少し大きいくらいです。「グローバル・クリエイティブ・インデックス」では第4位、「世界幸福度ランキング」ではしばらく第1位でしたが、最近第3位となりました。

 

デンマークの食事はジャガイモや豚肉などのシンプルなもの、住居はご存知のとおり赤レンガ造り。有名なテレビ番組は『キリング』、人気の俳優は映画『ハンニバル』に出演しているマッツ・ミケルセンです。デザインは日本のデザインに似ていて、シンプルかつ素材にこだわりがあります。「アニメーション・ワークショップ」という学校をご存知でしょうか。アニメーションを勉強する学校で、1年次に2D、2年次に3D、3年次にショートムービーを作成する学校です。ぜひご紹介したいと思いました。

 

最後にお伝えしたいのは、デンマークのコンセプトである「ヒュッケ」という言葉です。日本語では「なごむ」「心地よい空間」などを意味します。デンマークは冬が長くて暗くなってしまうけど、そんなとき、家族や友人と「ヒュッケ」を過ごします。自分でお茶を楽しむような時間も、「ヒュッケ」と呼ぶんですよ! デンマークで一番大切なことだと思います。

◆デンマーク教育のジレンマ

ブリット デュ ティメンスマ先生(University College Zealand准教授)

 

――いま、大胆な教育改革が行われているデンマーク。そのチャレンジとジレンマについて、ブリット先生がお話しくださいました。

 

ブリット先生:本日は、未来の小学校・中学校教育について話します。デンマークでは、子どもたちが1歳くらいから集団生活に入ります。というのも、女性のほとんどが働いているからです。幼稚園・保育園で何年か過ごし、小学校0年生と呼ばれる段階から学校生活が始まります。それから9年間が義務教育です。その後、職業教育を受ける学校と、普通教育を受ける学校に分かれます。約92%が高校を卒業し、その後、希望によってそれぞれの教育を受けることになります。

 

デンマークでは、いま大きな議論が展開されています。「オープン・イノベーション」というドイツ型の教育から、アメリカ型、イギリス型、オーストラリア型の教育に移行することが議論されているのです。アメリカからは、「知識をもっと教えるべきだ」といわれているのですが、デンマークでは伝統的に、「未来を学び続けることのできる人間を創造すべきだ」としています。社会的・個人的発達を統合する方向性が示されるなか、現場の先生たちは、「子どもたちが社会的・個人的発達を実現できるコンテンツを提供したい」と話しています。「小学校では、将来の社会変化を意識した教育がなされるべき」ということが、議論の中心になっています。

 

デンマークには、「オープン・ナショナル・カリキュラム・システム」という仕組みがあります。決まったフレームに、先生たちが自由なやり方でデザインするというものです。大事なのは、子どもの社会的・個人的発達を促すそれぞれのコンテンツを展開するということ。それぞれの課題を解決するためのベストな方法を検討します。義務教育においては、子どもたちが「個人カード」というものをもっていて、個々のニーズやゴールを記しています。先生たちは、それに合った教育を提供するのです。その結果、学校が好きな子どもがとても多いのです。これは、とてもいいことだと思っています。

 

いままでのデンマーク教育は、平均的な子どもに合わせたもので、才能のある子が伸びないのではないか、ということが課題になっていました。近年は、平等性を保ちながら、個々に合ったタスクを課すスタイルに変わってきています。一つの例として、「アウトドア・ラーニング」があります。近所の畑を教室に見立て、授業を行うというものです。自然に触れる機会の少ない子どもたちにとって、自然のなかで学べる貴重な時間といえるでしょう。普段おとなしい子が活発になるなど、子どもたちの新しい才能を生み出すこと、また、先生たちの新しい教授法を生み出すことにもつながります。自然のなかには、学びの空間と素材が揃っています。子どもたちがミミズを見つけたり、プラスチックのごみを見つけたりすれば、それらをもとにディスカッションすることも。先生たちに委ねられる要素も多く、先生たちの主体的な動きが要求されている現状です。とはいえ、「アウトドア・ラーニング」により、平均的な子どもから、才能のある子どもまで、レベルに合った学びが実現されています。

 

デンマークの教育で大切だとされているのは、個人から湧くエネルギーです。知識を得ることも大事ですが、それをどう生かすのかが重要だとされています。また、その力を育てる先生がいる、ということがとても大切なことなのです。未来のことは、だれにも予測できません。子どもが将来、課題解決していくために、知識と技術だけでなく、持続可能な社会のためのイノベーションが必要なのだと考えています。

◆教えない授業のつくりかた

山本崇雄先生(都立両国高等学校・附属中学校 英語科主幹教諭)

 

――自立した学習者の育成を目的としたアクティブラーニングを実践する都立両国高等学校・附属中学校。アクティブラーニング型授業についての校内研修会を行うなど、教科、学年の垣根を超えた教師の学び場づくりも展開されています。そんな同校の取り組みについて、英語科で行っているプレゼンテーションやグループワーク、“生徒が行う授業”などを動画で紹介してくださいました。また、その背景にあるものを、英語でお話しくださいました。

 

山本先生:わたしは、現在、英語科で“教えない授業”を展開しています。授業スタイルを見直すきっかけとなったのは、ある二つの事件に遭遇したことでした。一つは、英国のケンブリッジ大学で教育研修を受けたときに講師から言われた一言。自分の授業を披露したあと、「きみの授業は、きみが教えすぎている」と指摘されたのです。もう一つは、東日本大震災のあと、被災地に訪れたときのこと。「人間には、ゼロからスタートしなければならないときがある。教師がいなくても学び続ける子を育てなければならない」と気づかされたのです。

◆「キャンプ21フォーティーチャーズ」開催報告

土屋恵子さん(組織開発支援コンサルタント)

 

――今年8月に山梨県で開催された「先生が21世紀型スキルを楽しく体験的に学ぶ合宿プログラム~キャンプ21フォーティーチャーズ」。全国から志ある先生方が参加した同プログラムについて、実行委員の一人でもある土屋さんが、当日の映像とともにレポートしてくださいました。

 

土屋さん:「キャンプ21フォーティーチャーズ」とは、教育に携わる先生方のために行われたプログラムです。社会人の実行委員会がボランティアとして集まり、企画・実行しました。きっかけは、未来教育会議で、次世代の子どもたちに伝えていきたい未来について議論したときに、「先生たちを応援したい」という考えがまとまったこと。

 

先生たちを取り巻く環境には、本当に多くの課題があります。そういった環境に対応するには先生が忙しすぎる、ということも話し合いました。日本の教育システムにはメディアや企業、教育委員会、社会人、保護者、文科省などさまざまなステークホルダーがいて、それぞれが「教育をよくしたい」と思っていながら、状況が複雑すぎるのです。意識が高い先生方ほど悩まれています。

 

先生一人ひとりのうしろには、何千人、何万人の子どもたちがいます。先生が一人でも二人でも十人でも、21世紀型スキルを楽しく体感されたら大きな力になるのでは、とわたしたちは考えました。であれば、なんとか先生方を応援したい! そんな想いから生まれたプログラムです。なお、わたしたちが大事にしている21世紀型スキルというのは、文科省が掲げている3つの力に加え、「教師が学びの場をデザインする力」です。21世紀型スキルは、教えるのではなくて、体験することが大事なのだと考えています。

 

今年、8月10日~12日に実施された同プログラムには、全国から21名が参加してくださいました。小学校~大学で教員をしている方、教員を続けるか迷っている方、教員をめざし勉強している方、教育に関心のある社会人など、ダイバーシティな参加者のみなさんが、つながり合えたことがとても良かったと思います。終了後のアンケートでは、「手段やツールよりも何倍も大切なものを見つけた。それが21世紀の学びの本質だと思う」「クラスのなかで実践していきたい。そしてもちろん日常でも」などの声が集まりました。

デンマーク×日本で、「21世紀型教育」を語り合う

最後に、登壇者のみなさんと来場者のみなさんで輪になり、デンマーク、日本、それぞれの教育の未来について語り合いました。

スピーチの内容について深く掘り下げた質問をする人、スピーチからの示唆を踏まえて未来への展望を描く人・・・ディスカッションも白熱し、二時間足らずの会は、あっという間に閉会の時を迎えました。

 

デンマークと日本。まったく異なる歴史と社会を持ち、それゆえ異なる教育の在り方が営まれてきたわけですが、そうした異なる社会・教育から学ぶことが自らの社会と教育の在り方を見つめ直し、ヒントを得、よりより未来をつくることにつながるのではないだろうか。
会場に訪れた方の多くは、そんな想いを抱かれたのではないでしょうか。

未来教育会議では、これからも様々な国から学び、未来に活かすための取り組みを進めていきたいと考えています。