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  • 未来教育リポート
  • 2015.03.16

米国における若者スポーツコーチのスタンダードPCAコーチ法

社会教育としての若者スポーツ指導法

1.合言葉は、「トイレに流しちゃえ!!!」…何よりも「今」を大事にする前向きな姿勢

2.原則は、ELM(Effort、Learning,Mistakes)、「感情」タンクを満たす、試合に敬意を

3.目的は、「勝つこと」「人間として成長すること」、そしてその組み合わせ

 

2020年東京五輪・パラリンピック開催に向けて、日本全体でスポーツ推進の機運を高めていかねばなりません。今から4年ほど前の平成23年8月24日、スポーツ振興法が50年ぶりに全面的に改正され、スポーツ基本法として施行されました。また、平成27年10月発足を目指してスポーツ庁の設置(平成27年2月20日、文部科学省設置法の一部を改正する法律案として閣議決定。)が行われることになりました。

 

スポーツ基本法は、スポーツの基本理念を定め、国及び地方公共団体の責務並びにスポーツ団体の努力等を明らかにするとともに、スポーツに関する施策の基本となる事項を定める内容となっております。特筆すべきは、基本理念の中で障がい者スポーツの推進を謳っていることです。厚生労働省の管轄下の障がい者スポーツが、スポーツ基本法に盛り込まれたことは、2020年東京五輪・パラリンピックを見据えていたといっても過言ではないかもしれません。

 

スポーツ庁は2020年東京五輪・パラリンピックに向けた選手強化、スポーツを通じた国際貢献に取り組む文部科学省の外局となる予定です。スポーツ基本法のもとでスポーツ庁の果たすべき役割は、オリンピックアスリートの育成だけでなく、地域活性や生涯教育といった社会教育という観点からも非常に重要であると考えております。

 

著者は、本職のソフトウェアエンジニアの傍ら、先に述べたスポーツ基本法の附則で定められたスポーツ推進委員として、主に地域スポーツ振興を担っております。スポーツ推進委員は、スポーツ基本法改定前までは体育指導委員と呼ばれており、市町村の教育委員会から社会教育関係者として委嘱されます。このことより、スポーツ指導は社会教育という教育的観点を踏まえるべきであるということを再認識させられました。思い起こせば、著者が小学生時代に所属していたミニバスケットボール教室のコーチは、30年以上たった今でもたまに夢にお出まし頂くほど厳しい方でした。厳しい指導を否定するつもりはありませんが、教育を学校教育だけでなく、家庭や地域での課外活動等、複数の要素で構成されていることを考慮すると、スポーツ指導法も教育の重要な要素の一つであると考えております。

 

そこで本レポートでは、若者スポーツの指導法を未来教育のテーマとして取り上げ、その取材先として米国における若者スポーツコーチのスタンダードであるPCA(Positive Coaching Alliance)コーチ法の講演会を選定しました。本講演会は、第8回アショカ・ジャパン フェロー・スピーカーシリーズとして開催され、PCAコーチ法創設者であるジム・トンプソン氏(米・2004年アショカ・フェロー選出)がメインスピーカを務めました。

 

本パラグラフ冒頭の3行は、著者が独自に編集した3行でわかるPCAコーチ法です。PCAコーチ法の考え方が若者スポーツの指導法のみならず、より良い社会教育へとつながる起爆剤となってほしいと願っております。

 

今回の記事では、東京講演の様子(Day1のみ、Day2の東京対話会の様子は別途ご報告)をレポートします。本レポート記事の構成は、冒頭と末尾に著者の考えを述べており、中盤は東京公演の内容をダイジェストで紹介します(トピックの順序は、一部入れ替えさせて頂いております)。

PCAコーチ法のモデルと原則

○概要

・基本的な考え方:第一に勝つことに全力を尽くす、並行してアスリートの人間的成長を促す

・モデル:「勝つこと」と「人間として成長すること」のダブル・ゴールとその結合を目指すイメージ

・バックグラウンド:スポーツ心理学の研究がベース、定評のあるコーチのベストプラクティスを分析

 

○3原則

原則1:ELMチャートの習得
原則2:「E-タンク(感情タンク)を満たす」
原則3:「試合」に敬意を払う

 

○原則に基づくコーチの対応例

この原則を具体化した行動について、コーチの対応例を参加者で考えました。

シナリオ:ある選手は、失敗するたびに俯いてしまう。結果、次に起きていることに注意が行かない。
問い:「あなたがコーチならどうしますか?」

トンプソン氏の答えはこうでした。「失敗から立ち直るための儀式を自分で決める!」
合言葉は、「トイレに流しちゃえ!!!

 

○Positivity(前向けな姿勢がもたらすこと)の源泉

何よりも「今」を大事にすること。

・PCAコーチ法で訓練を受けたアスリートの変化:

「より多く、より早く学習する」「より良い決断ができる」「逆境に強くなる」「常に前進する」

ELMの定義と継続による効果

原則1:ELMチャートの習得

・定義と継続による効果…下図参照

→ELMの習得が浸透すると、より良いスパイラルに(このミステリアスなスパイラルが気になった方は、こちらをクリック頂きたい!)

 

E-タンク(感情タンク)と伝え方Tips

原則2:「E-タンク(感情タンク)を満たす」

・原因(言動)と結果…下図参照

→感情タンクを満たすためには、具体的にほめる、とにかくほめる、そして感謝し、傾聴する

・指導者として伝えるべきことは伝える必要がある

→その伝え方をTipsとして記載

雑感

○PCAコーチ法が目指すダブル・ゴールの意味

ここまで紹介しておいて少々懐疑的な見方で恐縮ですが、「勝つこと」「人間として成長すること」を両方満たすような都合の良いことが本当に出来るのかと感じた方はいらっしゃらないでしょうか?両者は、対極或いはトレードオフのような関係ではないかということです。と同時に、仮に対極であれば、両者を突き詰めるのではなく、組み合わせによる統合の効果を狙っていきたいと考えています。統合といえば、古くはアルス・コンビナトリア(結合術)、昨今のビジネスにおいてもゼロから何か(市場や製品)を生み出すのではなく、既存のモノやコトの組み合わせがイノベーションの源泉であるといわれており、ダブル・ゴールによる産物なのかもしれません。基本的に、「勝つこと」は競争から、「自己成長」は協創から実現したいと考えています。競争があるから勝ち負けがあり、協創から成長できる個の可能性は計り知れないと考えているためです。

 

○PCAコーチ法がもたらす前向きなスパイラル

トンプソン氏は、Positivity(前向けな姿勢がもたらすこと)を「今」を大事にする考え方だとしています。Positive(ポジティブ)というと、時間軸的には少々前のめりな未来的なイメージがありますが、未来ではなく、「今」が重要であり、「今」を大事にするためには、何か失敗しても「早々にトイレに流せ」と続きます。これぞ、PCAコーチ法の真骨頂、日本語でも「嫌なことは水に流す」「切り替えの早いやつ」などという言葉はありますが、「トイレに流せ」はその最上級、さらには行動も伴えとのことです。つまり、行動を習慣化したルーチンワークにより、失敗をいとも簡単に捨て去ってしまうことです。ルーチンワークの重要性はメジャーリーグのイチローを見ても明らかですし、ビジネスでは定点観測により変化を把握することも可能です。PCAコーチ法では、このPositivityの言動を習慣化することにより、「より多く、より早く学習する」「より良い決断ができるようになる」「逆境に強くなる」「常に前進する」といった効果がみられるとしております。マザー・テレサの名言「思考→言葉→行動→習慣→性格→運命」のスパイラルと親和性がありそうです。物事を俯瞰的に捉える手法の一つであるシステム思考に因果関係ループという手法がありますが、この前向きなスパイラルには周囲への良い連鎖を引き起こす推進力となりえる可能性を秘めていると考えています。

 

○終わりに

さて、あとは実践あるのみとなりました。本講演と時をほぼ同じくして、著者は地元でミニバスケットボールのコーチとしてチームを立ち上げました。コーチ初経験、ましてや人にものを教えることをしたことがない人間がPCAコーチ法を羅針盤として試行錯誤する様子は、またの機会に報告させて頂く予定です。実践と並行して、PCAコーチ法を日本で広げる活動も鋭意検討中です。ご興味のある方は、著者までお問い合わせ下さい。

  • ライター

板垣毅

国公立工業高等専門学校・大学工学部編入・工学系研究科卒、某電気機器メーカに勤務。
在勤の傍ら、Systems Engineering(複数の構成要素が相互に作用することで目的を達成するシステムを実現するためのアプローチ)と
イノベーション手法を学ぶため、社会人大学院(慶應SDM研究科)へ。
多様な人材を一つの目的に向かって交流する協創活動に興味・関心。

○仕事、社会活動
・通信システムの制御ソフトウェア設計
・スポーツ推進委員(体育指導員)、初級障がい者スポーツ指導員
・羽村Colors(ミニバスケットボールチーム)代表、キッズコーチ、はむら若者フォーラム、未来教育会議、学校そもそも

○趣味、特技
・スポーツ観戦、図書館、写真
・後ろ泳ぎ(背泳ぎではありません)

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