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  • 未来教育リポート
  • 2015.08.10

(前編)Museum Startあいうえの「のびのびゆったりワークショップ」

世界でも珍しく、東京の上野公園には日本を代表する9つもの文化施設(美術館、博物館、動物園など)が徒歩圏内に林立しています。その一つ、東京都美術館は2012年に2年間の改修を経て再オープンし、それとともに隣接する東京藝術大学と連携し、新しいアート・コミュニティ形成事業「とびらプロジェクト」をスタートさせました。東京都美術館と東京藝術大学の学芸員、大学教員、教育専門家などが軸となり運営されています。

「とびらプロジェクト」の活動目的は、「人と作品、人と人、人と場所をつなげ、アートを介してコミュニティを育むこと」。一般公募で集まった100人以上もの社会人や大学生が、アート・コミュニケータ(愛称:とびラー)として活動に参加しています。

とびラーは、来館者に向けて決められた美術の見方を一方的に教える「先生」ではありません。美術館は対話やコミュニケーションの場であり、とびラーは参加者と一緒に鑑賞したり、何かを発見する「伴走者」です。

2013年、「とびらプロジェクト」の兄弟企画として、子ども達のミュージアム・デビューを応援する「Museum Start あいうえの」が始動しました。小学生から高校生までを対象に、障がいのあるなしや、海外にルーツがあるなどに関わりなく美術館、博物館を楽しめるようにと、様々な企画を行っています。

今回、「Museum Start あいうえの」の企画の一つ、「のびのびゆったりワークショップ」を取材し、ファシリテーターを務める、白梅学園大学子ども学部発達臨床学科の杉山貴洋准教授にお話を伺いました。

「のびのびゆったりワークショップ」は、「障害のあるこどもたちを含むすべてのこどもたちのためのプログラムです。手や体を動かしながらゆったりとアートに触れ、のびのびと表現しよう。6回とも同じメンバーで安心して楽しめる連続ワークショップです。」(「Museum Start あいうえの」Webサイトより)

2013年に始まり、昨年度2014年は9月末から12月頭までの日曜日、全6回、各回とも午前10時から12時の2時間に行われました。

杉山貴洋先生 インタビュー

ユーモアいっぱいの杉山先生のワークショップでは、子ども達はもちろん、とびラーさんたちも、ひとりひとりの個性が輝いています。先生のお話には、子育てや教育に役立つヒントがたくさん詰まっています。また、美術館を舞台にした教育活動の未来を考える、重要な物差しになるでしょう。

杉山貴洋先生 プロフィール

白梅学園大学発達臨床学科准教授。武蔵野美術大学教職研究室非常勤講師。浦安市こども発達センター芸術療法講師。Museum Startあいうえの「のびのびゆったりワークショップ」講師、等。

白梅学園大学杉山ゼミのワークショップ(東京都小平市の療育事業として運営委託)は、2008年,2010年,2011年,2013年キッズデザイン賞を受賞。2009年には、冨田博之記念賞受賞、2012年には、第7回こども環境学会活動賞を受賞している。

はじまりは、療養施設のアルバイト

― アートを使ったワークショップをするようになったきっかけを教えてください。

 

私は、武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科というところの出身です。英語でいうとビジュアルコミュニケーションデザインという学科です。

大学3年の時、ある病院の精神科施設の療養所でアルバイトをしていました。そこには、レクリエーション療法というのがあって、いろいろなことをしていたのですが、美大生が来るというので、スタッフの方が、わざわざ美術の時間を設定してくれたのです。しかし、ただ絵を描こうと言っても、患者さんは、すぐに病室に帰ってしまいました。そこで、学生ながらに、自分にプログラムを任せてほしいとお願いして「造形遊び」を使ったレクリエーションの時間を始めました。具体的な何かを作るという作品ではなくて、偶然や遊びのなかから、たまたま始まってしまう表現の方法です。それがとても好評で、それから美術の時間に、部屋に戻ってしまう人がいなくなりました。それどころか、美術のある曜日は、人が増えるというところまでになったのです。振り返ると、あの時、アートがコミュニケーションの道具になるということを体験していたのだと思います。

私は、学生の時から自分の作品を作るというより、誰かと一緒に表現をしている時の方が、実感あったようです。作品という結果よりも、そのプロセスの方が面白くて。卒業制作も、作品ではなく療養施設のワークショップを本にまとめて提出しました。当時、デザインといえば、広告、写真、イラスト、CGが大半を占めていましたから「コミュニケーションをデザインする」というのは、珍しい試みであったのかもしれません。

今は、子ども学部の教員ということもあって、子どもを対象としたワークショップが多いのですが、もともとは、成人というか、年齢が上の方とのコミュニケーションをイメージしていたと思います。

 

― なぜ、子どもとのワークショップをするようになったのですか?

 

うーん。これは難しい話で。とある患者さんに「もっと小さい頃にこういう活動をしたかった」と言われたことがありました。それが、記憶の底から離れなくて。ふとした会話から、心の病を抱えていく経緯や背景を考えると、当時の自分には飲み込める言葉ではなかったと思います。それから、アートを使ったコミュニケーションの対象年齢が、少しずつ下がっていったのですね。

でも、これは、療養所だけでなく、小学校の研修会でも、現役の先生から言われたことがあります。「もっと小さい頃に、こういうことをしておくべきだった」と。で、やっぱり微力でも、私たちが小さい頃に、アートで自分らしくなることの応援をしたいなって思うようになったのです。

今では、「Museum Startあいうえの」のほか、白梅学園大学、浦安市こども発達センター、都内の保育園など、年間100本を超えるワークショップをしています。大学が週4の勤務だから、ちょっと多いですよね。それでも、自分の一生の時間のなかで、一人の子どもと向き合える時間は、ほんのわずかです。それを踏まえて、わずかな時間でも何かできることがあるのではないかと思ってワークショップをしています。

遊びの中に造形があり、造形の中に遊びがある

― 先生のワークショップに参加する子ども達は、とても楽しそうですね。「造形遊び」とはなんですか。

 

造形遊びは、造形を使った遊びというか、遊びを使った造形というか、その説明だと変ですね。この事例で、ご紹介しますね。これは『キンダーブック がくしゅうおおぞら』(フレーベル館)の連載をしたものです。全国の幼児教育の先生に向けて、造形遊びの魅力を伝える連載でした。「あーと!てんさい」というコーナータイトルです。4月号は「ジャンピング・フィンガー・ペインティング」という造形遊びです。ジャンプをした手形を、ライオンに見立てた共同制作です。子どもたちの手が届くか届かないくらいのところの壁に画用紙を貼って、ジャンプをしながら絵の具で手形をつけていきます。飛んだり跳ねたり体を動かして、その痕跡を残していくのです。五感を使って素材と触れ合ったり、共同で制作することで表現が広がったり「造形遊び」とは、そういうことです。普段よりも体を意識して使うことで、机の上では出てこない表現をすることが、自分を、ひと回り大きくしてくれると思うのです。

そして、この連載を目にした保育園の園長先生から、すぐにきてほしいという連絡があって、今では、その保育園をはじめ、5つの園で造形遊びのワークショップをしています。

あるワークショップの事例をご紹介しますね。夏の屋上でやっている、ボディーペイントの造形遊びです。もともとは、さっきお伝えしたようなフィンガーペイントをしようとしていましたが、今では、どんどんエスカレートして、全身を使った絵の具遊びになっています。

フィンガーペインティングが始まってしばらくすると、白い全身タイツを着た保育士さんが登場します(笑)。ごっこ遊びの演劇仕立てのワークショップです。突如、シロシロ星人という宇宙人がやってきて、何でも白くしてしまうという設定です。子どもたちは、カラフル地球防衛軍に任命され、絵の具を使って戦います。制限時間内に、屋上に貼りめぐらされた紙に白いところが残っていたら宇宙人の勝ち。色で埋めつくされていたら防衛軍の勝ちというルールです。

でも、戦いが始まったら、紙に絵の具をつけるなんて、後回しです。宇宙人に直接、絵の具をつけるというプロレスごっこのようになります。泥祭りというか、トマト祭りというか、ハチャメチャの造形遊びです。絵の具だって、本来の使い方ではないですよね。でも、友達と協力したり、力の加減を体験したり、誰かをかばう気持ちが芽生えたり、遊びのなかにある造形は、ひとりでは出来ない体験を生み出すことができます。

遊びというと、日本では、消費的なレジャーのように捉えられることもありますが、子どもの精神の発達には、とても重要で、それは大人も子どもも同じなのだと思います。

一緒に体験する伴走の可能性

―「のびのびゆったりワークショップ」では、様々な工夫がなされていましたね。

 

そうですね。子どもたちに、のびのびと表現をしてほしいので、それ以外のことは、整理して、最小限の内容で伝えることを心掛けています。

ボードを使ったアナウンスや、時計の視覚提示もそうです。でも、障がいのあるなしに関わらず、誰だって、わかりやすく楽しく提示された方が理解しやすいですよね。ユニバーサルとかいう前に、当たり前のことを突き詰めていくと、誰でも分かりやすい情報提示になると考えています。

仮に、表現という行為を、舞台の上で踊ることと想定すると、舞台の大きさとか硬さとかを、直感的に伝えたいと思っています。そんなことがストンと伝わったら、踊る人に、もともと備わっている素養を存分に発揮できると思うのです。子どもたちの可能性を信じることと、伝え方や環境を整えることは、私のなかでは同じです。

でも、のびのびゆったりワークショップの最も大きな特徴は、とびラーさんの存在だと思います。参加する子どもたちに、全6回、同じとびラーさんが、マンツーマンで一緒に美術館体験をするのです。とびラーさんは、一緒に体験することを「伴走」と呼んでいます。「伴奏」と言ってもいいと思うのですが、素敵ですよね。子どもひとりひとりのペースを大切にして、一緒に体験するというか、気分は冒険ですけど、子どもたちの可能性って、本当に広がるんだなあって感じています。

のびのび表現することに必要なのは、安心して自分を預けられる存在で、とびラーさんには、子どもたちの心理的な拠点になってほしいとお願いしています。

 

(後編に続く)

 

(聞き手:鮫島圭代)