- 未来教育リポート
- 2015.05.22
今、ここで起きていることから何を学ぶ?アートと子どもの出会いの場をつくる「芸術家と子どもたち」の取り組み
子どもの頃、デパートへ買い物に行くということは、一大イベントでした。そんな一大イベントにでかけたある日、私は何かにふてくされ親から離れて歩いているうちに、横浜駅の連絡通路で迷子になってしまいました。誰も知らない人混みの中で親がいないという恐怖。どこを歩いているかもわからなくないまま、見慣れた顔を探して、私はとにかく歩き続けました。どのくらい歩いた頃でしょう、突然、強く腕をつかまれて振り返ると、そこには厳しい表情でこちらを向いている親の真剣なまなざしがありました。それ以来見たことのない親のあの厳しい表情を、私は今でもはっきり覚えています。その体験は鮮明な記憶として私に残り続け、大人になった今でも、様々な気づきを与えてくれています。
いつもとは少し違った出来事や体験が、自分の人生においてかけがえのない1ページとなっているようなことはないでしょうか。
「プロの現代アーティストを子どもたちの日常に連れていく」
こんな考えのもと、多様な価値観や創造性・身体感覚を持つアーティストとの、普段とは少し違った体験を子どもたちにもたらす活動を行っている団体があります。NPO法人「芸術家と子どもたち」です。公立の小中学校や特別支援学級、幼稚園、保育園などに赴き、ワークショップ型の授業「ASIAS(エイジアス)=Artist’s Studio In A School」を行っています。
(NPO法人芸術家と子どもたちの拠点である「にしすがも創造舎」。2001年に閉校した元中学校で、現在は文化芸術創造の場として活用されています。)
そのクラス「ならでは」のオーダーメイド授業
「芸術家と子どもたち」が行う授業は、先生・アーティスト・「芸術家と子どもたち」のスタッフであるコーディネーターの3者が打ち合わせを重ねながら、そのクラスや団体「ならでは」のオーダーメイドスタイルで組み立てられます。
「ダイナミックな表現に取り組むことで子どもたちのコミュニケーション力を育みたい」
「楽しく身体を動かしながら表現を引き出したい」
そういった学校側からの要望を踏まえ、実施に適したアーティストを「芸術家と子どもたち」がコーディネイト、打ち合わせと普段の授業の見学などを経て授業の実施へと至ります。
講師となるアーティストも多様であれば、内容も千差万別です。
たとえば美術アーティストとみんなで一から作った「トイレットペーパー粘土」での作品づくり。
たとえば日常動作のような動きから無理なく身体を動かし、言葉やその場にあるものからイメージした動きを、ダンサーと作品にしてゆく身体表現。
授業中のアーティストと子どもたちは「舞台の上の特別な人とお客さん」ではなく、一緒に授業という舞台や作品を作りあげる仲間のようです。アーティストの動きを真似ているうちにだんだん身体が動き出し、その子独特の「表現」が見える瞬間があったり。一人一人がなにげなく言った言葉や楽器をさわって出してみた音が、みんなのそれをつなげてみると素敵な一曲に生まれ変わったり。
アーティストという表現のプロフェッショナル、そして少し変わった感性を持つ人たちと触れる中で、子どもたちの中には多かれ少なかれ、何らかの反応が起こっているように見えます。何か作品を作りあげていく過程で、普段はあまり接しない子とも協力しあう子もいます。興味は示しながらも戸惑う子もいます。その場を本当に楽しんでいるように見える子もいます。普段は見せない表情を見せる子もいます。その後の学校生活において変化を見せる子もいます。
うまくいけばいい、ということではない
「芸術家と子どもたち」の創設者であり代表の堤康彦さんは、実践の場である授業を「ライブそのもの」だとおっしゃいます。「そのとき、その場のいろいろで、本当にいろいろなことが起きる」のだと。
授業では同じアーティストで同じ題材を扱ったとしても、1人1人のその場に対する姿勢や向き合い方、誰かへの対応など、その場で起こっているほんの些細な何かが違えば、場の空気や取り組み方が変化します。アーティストや子どもだけでなく、先生やスタッフも、その場にいる人全ての存在が、その場のありように影響を与えあうのです。
彼らが大事にしているのは、まさにその「そのときその場のいろいろで起こる、いろいろなこと」です。授業を通してどんなことが場に影響を与え、どんなことが起こって、それに対して言葉や行動があったのか、また、なかったのか。授業の後は「最終的にどうなったのか」ということよりも、その時間の子どもたちがどんな様子であったのかということを中心に、内容をふりかえります。「うまくいけばいい、ということではない」という堤さんの言葉にも、そのことが伺えます。
芸術×子どもたち
(芸術家と子どもたち代表の堤さん)
堤さんは一般企業でホールやギャラリーの運営に関わっていた頃、芸術が劇場に来るような特別な人にしか届いていないことに違和感を持ち、中でも、一般の家庭に育つ普通の子どもたちが置き去りにされているような気がしてこの取り組みを始めたのだそうです。2000年から始まり、当初は小学校だけで行われていた「ASIAS」は、保育園や中学校、児童養護施設などでも行われるようになり、3万人を超える子どもたちとアーティストとの出会いを実現してきました。今後は特別支援学級や児童養護施設での活動にも力を入れていくとのことです。
「たとえば授業の感想を聞いても言えない子がいる。だけど言葉にすると、こぼれてしまうものもある。でもそのこぼれたものの中にこそ、大切なものがあるような気がする」
堤さんの言ったその言葉に、子どもたちひとりひとりに変わらず向けられている、深いまなざしを感じました。
取り柄もなく目立つわけでもない自分にもやもやしていた時に演劇と出会い、いろいろ助けてもらいました。